イチロー超えを狙ったボガーツは失速 シーズン262安打は異次元の記録

丹羽政善

74試合時点ではイチローを上回る

74試合の時点では、2004年のイチローのペースを上回っていたボガーツだが、それ以降イチローのペースを追うことはできなかった 【Getty Images】

「イチローが持つ年間262安打という大リーグ記録は、今後も破られることはないのではないか」

 現アストロズ打撃コーチのアロンゾ・パウエルは確信を抱いていた。

 ちょうどボストンのメディア『csnne.com』にザンダー・ボガーツ(レッドソックス)が、イチローの年間最多安打記録を脅かすのでは、という記事が出た頃のこと。しかし、1994〜96年まで3年連続でセ・リーグ、パ・リーグの首位打者をイチローと独占したパウエルは、疑わなかった。
 
「200を超えて、230、240本はひょっとしたら可能なのかもしれない。しかし、そこから積み重ねるのは不可能といっていい」
 
『csnne.com』によるとボガーツは、74試合を終えた段階で108安打をマーク。これはイチローが262安打の年間最多安打を記録したときの74試合の時点での安打数を5本上回っており、歴史を書き換えるチャンスはある、とほのめかした。なるほど、そこだけを切り取れば、可能性があるように映る。ところがボガーツは後半に入って失速し、いまや200安打到達すらおぼつかない。11日(現地時間)現在、173安打で、今季の安打ペースを元にした年間安打予想は197本。いつの間にか、チームメートのムーキー・ベッツ、ダスティン・ペドロイアにも抜かれた。
 
『csnne.com』も、難しさは指摘していた。2004年のイチローは75試合目以降、159安打をマークし、打率4割1分8厘を記録。最後の74試合は打率が4割3分3厘で、141安打のハイペース。14年、ホセ・アルトゥーベ(アストロズ)が78試合を終えた時点で105安打を記録していたが、最終的には“たったの”225安打に終った――とも紹介している。

前半は回り道したイチロー

 確かにあの年、イチローは後半に入って加速。7月に51安打をマークすると、8月には56安打を記録(戦後最多)。9、10月も合計で50安打である。5月にも月間50安打を放っており、月間50安打以上1シーズンで3回も記録したのは、後にも先にも、イチロー1人とされる。こうした記録的な安打ペースを考えれば、ボガーツが74試合の時点で上回っていたとしても、イチローの年間最多安打記録を更新することはやはり、到底イメージできなかった。

 そもそもボガーツの74試合で108安打という数字は、極端に飛び抜けているわけでもない。イチローは04年、74試合で103安打だったわけだが、むしろ前半はもたついていた。5月に50安打を放ち、あのときイチローは珍しくその5月を「絶好調」と形容したが、4月は打率2割5分5厘でわずか26安打。6月も打率2割7分4厘で29安打なのである。

 4月に関して言えば、「ボールを見ていけ」、「四球で出塁率を上げろ」という“縛り”があり、それは、ビル・バベシGM(当時)の指示でもあったが、イチローの打撃成績が低迷すると、チームはその方針を撤回。打撃コーチだったポール・モリター(現ツインズ監督)が、イチローに伝えた。

「自由に打ってもらって、構わない」

 すると、5月に50安打。

「俺の最高のアドバイスだった」

 モリターは後にそう自虐的に話したことがあるが、ただ、そういう縛りがあったからこそ、その後の安打量産に繋がった可能性はある。新記録を達成した夜、イチローはこう振り返った。

「野球には回り道も必要」

 無駄と思える中にも必ずヒントはある。それを見出せるかどうか。それは、その選手次第――。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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