「ベトナムのメッシ」観戦ツアーの裏側 Jアジア戦略の行方を占う水戸の試み

宇都宮徹壱

コンフォンの広告換算価値は「1億2400万円」

チャーター機でやって来たベトナムからのツアー客。彼らのお目当てはグエン・コンフォンだ 【宇都宮徹壱】

 晴れ渡った水戸の空に、赤地に黄色い五芒星の旗がはためく。7月31日にケーズデンキスタジアム水戸(Ksスタ)で行われた、水戸ホーリーホック対ツエーゲン金沢によるJ2リーグ第26節。リーグ戦16位と21位という、当事者以外にはとりわけトピックスが感じられない顔合わせだが、この日はベトナムからやって来たツアー客の存在がひときわ目を引いた。彼らの目当ては、今季水戸に加入してきた「ベトナムのメッシ」ことグエン・コンフォン。前日、ベトナム航空のチャーター便でやってきた70人ほどのツアー客は、祖国の英雄の勇姿を目撃するべく、Ksスタにやって来たのである。

 今季の開幕前、鎖骨骨折で出遅れたこともあり、それまでのコンフォンの出場数はわずか3試合。しかもいずれも途中出場であったため、3試合合計の出場時間は24分にとどまっていた。水戸のコンフォン獲得には、戦力面よりもむしろアジア戦略にまつわるビジネス面の要素が強いことは明らか。とはいえ、これほど出場機会が限られていては、なかなかビジネスチャンスも生まれにくいのではないかと心配したくもなる。ところが実際には、コンフォンの獲得による「水戸ホーリーホック」の海外メディア(主にウェブ)での露出は、昨年に比べて格段に上がっているというデータがある。

 以下、Jリーグ国際部がまとめた資料によると、今年の1月1日から8月4日までのデータは以下のとおり(カッコ内は前年同時期の数字)。メディア露出量は6714件(151件)、推定リーチ数は134億人(3億9600万人)、広告換算価値は1億2400万円(360万円)。いずれも34倍から44倍の著しい増加である。ちなみに海外でのメディア露出の99.36%がベトナムで占められている。おそらくかの国では、浦和レッズやガンバ大阪よりも、J2の水戸のほうが知られているのは間違いないだろう。

 今回のベトナムからの観戦ツアーは、言うまでもなくベトナム国内のコンフォン人気を当て込んで企画されたものだ。と同時に、単にサッカー観戦だけではなく、茨城県内でのインバウンド(訪日外国人旅行)を呼び込むという目的もある。期間は7月30日から8月3日までの4泊5日。ひたち海浜公園や偕楽園といった県内の観光地の他に、日光東照宮や都内観光も含まれている。企画した茨城交通の担当者によれば、これくらいのツアーの場合、費用は「10万円が相場」なのだそうだが、今回はサッカー観戦とコンフォンとの交流会が付いて14万円。チャーター機に乗って来日した170人のツアー客のうち70人が、試合観戦と交流会のオプショナルツアーを希望したという。

コンフォン初スタメンも勝利に貢献できず

今季、初スタメンとなったコンフォン。気合の入ったプレーを見せるも、勝利に貢献できず 【宇都宮徹壱】

 問題はこの日、コンフォンに出番はあるか、ということである。これだけ大々的なイベントを仕掛けておきながら、試合にコンフォンが出てこなかったら「金返せ!」という事態になりかねない。コンフォンの出場機会が少ないのは先述したとおり、けがで出遅れたことで、フィジカルとコンビネーションの面で難があったことは容易に想像できる。しかし一方で、コンフォンが水戸の西ヶ谷隆之監督の信頼を勝ち得ていない可能性も考えられよう。

 結局コンフォンは、この日のスターティングイレブンに名を連ねることとなった。このタイミングでの今季初スタメン。“大人の事情”が働いたと考えるのが自然であろう。実は試合前、水戸の沼田邦郎社長への囲み取材の際に「試合結果とビジネスとのバランスをどう考えるか」と質問してみた。すると沼田社長、かすかに苦笑いを浮かべながら「結果はもちろん大事ですが、アジア戦略はJリーグで取り組んでいることですし、(茨城)県内のインバウンドも重要ですから」と答えるにとどまった。

 とはいえ、コンフォンにとっては絶好のアピールチャンス。ここでしっかり結果を残せば、監督に認められてポジションを確保する足掛かりになるかもしれない。この日、トップ下で出場した「ベトナムのメッシ」は、これまでベンチを温め続けたうっぷんを晴らすかのように、オフ・ザ・ボールで積極的な動きを見せていた。ゲーム序盤にはスキルフルなドリブルを繰り出し、枠外ではあったがシュートも1本放った。しかし、どんなに要求してもパスは回ってこないし、有効なコンビネーションも生まれない。前線でのちぐはぐさが解消されないまま、コンフォンは後半8分に佐藤和弘と交代した。

 皮肉なことに、この交代が水戸の攻撃にスイッチを入れることになった。後半17分、右からのCKにロメロ・フランクがヘディングシュート。いったんはポストにはじかれるも、これを福井諒司が押し込んで水戸が先制。その1分後には、ゴールラインぎりぎりから佐藤和弘が折り返したところを平松宗が決めて追加点を挙げる。さらに後半29分には、佐藤和弘自身がゴールを決めて試合を決定づけた。佐藤和弘の1ゴール1アシストの活躍で、終わってみれば水戸が3−0で金沢に初勝利。確かに水戸は勝ったし、コンフォンも53分間プレーした。しかしながら傍目から見ていると、ベトナム人向けの観戦ツアーとしては微妙な結果だったように思えてならない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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