数値化できないBMにもチャンスあり コンサル目線で考えるJリーグの真実(6)

宇都宮徹壱
「Jリーグの現状を数字から読み解く」というコンセプトでスタートした当連載。今回もデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎さんにお話を伺う。前回は「SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)をはじめとしたITの活用状況の可視化」というテーマであったが、今回はさらに数値化が難しいBM(ビジネス・マネジメント)を取り上げることにしたい。

 コンサルの仕事は、さまざまなBMを「数値化」することで、企業に対してアドバイスやソリューションを提示することであると認識している。とはいえ、クラブのBMにはホームタウン活動やアカデミー活動など、直接的な売り上げにつながらないものも少なくない。そうした「数値化できないBM諸施策」をどう考えるべきなのか、というのが今回のテーマ。さっそく里崎さんにお話を伺うことにしよう。(取材日:2016年5月26日)

コアサポーターの「顧客満足」とは何か?

コアサポーターの場合、いわゆる顧客満足の尺度では測れないところがある 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

──今回のテーマは「数値化できないBM(ビジネス・マネジメント)施策」ということなんですけれども、そもそも「数値化」「見える化」がコンサルのお仕事ですよね? ちょっと矛盾を感じてしまうのですが。

 確かにわれわれの仕事の重要な要素に「可視化する」ということがあるのですが、そこにこだわりすぎると違う方向に行ってしまうおそれがあると思うんです。スポーツに携わるビジネスをしている人であれば、「どれだけ儲けたか」という金銭的価値で判断するでしょう。でもスポーツで得られる価値はもちろんそれだけではないし、感情的な部分の数値化は今のところ簡単ではない。すべてを数値で置き換えられるというわけではないんですね。

 もちろん一番分かりやすいのは、金額換算とか数値換算といったところです。ただし、それらができない場合の価値をどう認識していただくかということも、重要ではないかと考えます。無理に金額換算するのではなく、どうすれば客観的に把握できる仕組みや評価軸を作れるか。そこはわれわれも今、考えているところです。

──金額的な価値ではない評価軸といいますが、具体的にはどういったことが挙げられますか?

 たとえばスタジアムにたくさんのお客さんが来るのは、当然楽しかったり、満足感を覚えたりするからだと思うんですよ。ただし顧客満足度というものは価値換算の尺度ではあるけれど、ビジネスとの関係でどう評価していくかとなると、クラブなり経営者なりの判断で千差万別になっていくと思うんです。それとJリーグの場合、いつも来ているお客さんの大半がリピーターなんですよね。

──確かに。ホームゲームに行くことが習慣化しているサポーターの場合、いわゆる顧客満足の尺度では測れないところは確かにあるでしょうね。

 私も一応、某Jクラブのサポーターというかファンなんですけれども、私自身は「スタジアムに来てください」と言われて行ったことは一度もないんですよね。それは私の周りのほとんどのサポーター仲間もそうなんです。お客さんを集めるために、一生懸命イベントをやっているクラブはたくさんありますが、仮にそれをやらなかったとしても試合さえきちんとやってくれれば、コアサポの満足度というものはひょっとするとそれほど下がらないのではないか。であるならば、限られた原資や労力をコアサポの顧客満足につぎ込むことは、経営戦略として本当に正しいことなんだろうか?という考え方だって成り立つと思うんです。

「サイレント・マジョリティー」の意見をすくい上げるには?

サイレント・マジョリティーの声を拾うことは重要だと里崎慎さんは語る 【宇都宮徹壱】

──コアサポにしてみたら「支えている俺たちにちゃんと還元してくれよ」と主張するかもしれませんね。

 これを言うとサポーターの人に本当に怒られそうなんですけれど、いわゆる「サポーターズ・ミーティング」ってありますよね。そこで述べられた不満や要求はとても貴重なものが多いとは思うんですが、それがサポーター全員の総意なのかといえば、必ずしもそうではないと思うんです。よくある話として、いわゆる「サイレント・マジョリティー」という考え方が欠落している可能性もある。サポーターズ・ミーティングに来るほど熱心ではないファンやサポーターが何を考えているのか。そういった情報をいかに集めていくかということの方が実は重要だったりするんだと思います。

──では、サイレント・マジョリティーの声を集めるには、どうすればいいとお考えでしょうか?

 例えばコストをできるだけかけずに実施できる方法としては、前回お話したSNSの活用でしょうね。これまでだったら、アンケート調査に多くの労力と時間がかかりましたが、SNSであれば欲しい情報をピンポイントで、かつ低コストで集めることができる。そしてSNSのユーザー数が多ければ、それだけ幅広にサイレント・マジョリティーの声を拾うことができるわけです。

──あえて具体名を出しますけれども、J2の東京ヴェルディが駒沢でホームゲームを開催したときに、すごくしょっぱい試合内容だったことがあったんですね。試合後、サポーターの反応が気になったのでツイッターで検索してみたら、「あのような試合内容で当日券2500円は高すぎる」「自分はこれからも応援するけれども、こういう試合ばっかりされると友だちを誘いづらくなるよね」といった厳しい意見が結構散見されました。これらはまさに、里崎さんがおっしゃるところのサイレント・マジョリティーの意見なんでしょうね。

 以前と比べて、そうした情報を収集できるハードルは下がってきていると思うんです。SNSを戦略的に情報収集の手段として使うことができれば、これまで可視化できなかった「声」というものが定性的な情報として上がってくる。そこの部分に経営的価値というものを見いだすことも可能だと思いますし、それを見込んでのITの活用というものは、Jリーグとしてもインフラも含めてサポートしていっていただきたいと個人的には思っています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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