大リーグの既成概念を変えたイチロー 27歳デビューでの3000安打は史上初

丹羽政善

史上2人目となる三塁打での達成

現地時間7日、ロッキーズ戦の7回に米大リーグ史上30人目の3000安打を達成したイチロー 【Getty Images Sport】

 高く舞い上がった打球。クアーズ・フィールドは標高1600メートルの高地にあり、打球が飛ぶことで知られる。コロラドなら入るか――。

 ライトのヘラルド・パーラがライトフェンスに張り付き、上を見上げる。

 届かないのか?

「いや、入らなくて良かった」とは、チームメイトのディー・ゴードンは言う。

「だって、ファンが獲ったら、あとでいろいろ大変だ」

 それも一理あるが、パーラがジャンプした瞬間、はっきりとは打球の行方が分からず、捕ったのかと思いきや、彼の頭上を超えた打球はフェンスに直撃した後、ライトを転々としていた。イチローはその間に、悠々と三塁を陥れている。

 大リーグ通算3000安打を三塁打で決めたのは、2004年にマリナーズの打撃コーチだったポール・モリター以来2人目という。それなりに偉業を、派手に決めた。

自分以外が作ってくれる特別な瞬間

3000安打を達成したイチローを祝福するマーリンズのチームメイトたち 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 ただ決して、順調ではなかった。足踏みが長かった。

 イチローもさすがに、「しんどかった」そうで、現地時間7月28日にヒットを打ったのを最後に、前日まで11打席ヒットがなかったが、前日の試合で内野安打を記録して王手をかけると、この日も3打席目まで凡退したものの、せっかくのスタメン機会を逃さなかった。 

 三塁に達したイチローの元へ、三塁側のダグアウトからチームメートが駆け寄る。

 これは、イチローが2004年にシーズン最多安打記録をシアトルで達成しときにも同様の光景があり、日米通算4000安打をニューヨークでマークしたときにも、ヤンキースのチームメイトが一塁ベース付近で、イチローを囲んだ。

 イチローにとっては、今回が3度目だったわけだが、2度目のとき、試合後にこう言っていたのを思い出す。

「4000という数字よりも、あんな風にチームメイトやファンの人たちが祝福してくれるとは全く想像していなかった。結局、4000という数字が特別なものを作るのではなくて、自分以外の人たちが、特別な瞬間を作ってくれるものだというふうに強く思いました」

 おそらく今回も同じような思いを抱いたのではないか。

誰も想像できなかった現在の姿

悠々の三塁打で3000安打を決めたイチロー 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 それにしても27歳でデビューして、ここまで来た。

 イチローが大リーグ通算3000安打を打ったのは30人目だが、過去27歳以上でデビューした選手で、このマイルストーンに達した選手はいない。これまで3000安打に達した29人の内、もっともデビューが遅かったのはウェイド・ボッグスの23歳10カ月だ。3000本を打つなら、早いデビューが絶対要素だったが、それをイチローはその既成概念を変えた。

 そこにイチローは価値観を持たないものの、確実に大リーグの常識を一つ、変えたといえる。

 振り返れば、そもそもマリナーズに移籍したとき、3000安打どころか、大リーグで通用するのか?という疑いの視線が注がれていた。体も小さく、パワーもないと決めつけられた。ましてや、ここまで長く現役でいることを誰も想像できなかった。

 しかしながら今回、オールスター戦が終り、後半が始まってからは、「いつ打つのか?」という視線が彼に向けられた。2001年4月に1本目を打つまでのそれと比べれば、隔世の感がある。

 そういう中の3000本。彼の功績は重みを増した。

 さて今、記録を見届けることが出来た満足感と、打つまでのジワリ、ジワリ、という緊張感から解放された、その喪失感の2つがある。これは、これまでに経験したことのない感覚だ。

 この正体が分からない。

 あらためて、イチローの言葉を追いながら総括をして、考えてみたい。
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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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