イチローが考える偉大な記録とその達成者 会見での言葉から見える記録観

丹羽政善

日米通算で4257安打を達成した後の会見で質問に応えるイチロー 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

「いつか米国でこのピート・ローズの記録を抜く選手が出てきてほしいし、もっと言えば、日本だけでピート・ローズの記録を抜くことが、おそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい」
 
 日米通算とはいえローズ(元レッズなど)の大リーグ通算安打記録を超えた6月15日(現地時間)、イチローは移動前の慌ただしい中、米メディア、日本メディアの順で、合わせれば40分近く質問に応じた。

 あの日、イチローは何を語ったのか。まだあまり紹介されていない言葉を少したどってみたい。

日本だけで記録更新の可能性は?

 まず冒頭の言葉。大リーグならまだしも、日本のプロ野球界においては、イチローが言うように一番難しいのではないか。

 単純に試合数の問題がある。日本プロ野球の試合数は長く130試合が続き、イチロー自身、135試合に変わった年(1997年)を経験しているが、その後、多少増減があり、現在は143試合。これでも大リーグよりも19試合少なく、20年で考えると380試合も少なくなる。

 仮に4256安打を打つとしたら、年間200安打打ったとしても22年かかる。22年で418試合の差。日本プロ野球だけでローズを捉えるには大きなハンデである。

 また、抜くとしたら、「それはジーターみたいな人格者であることが理想」ともイチローは話したが、これもかなり確率が低いよう。記録を残す人はむしろその逆のタイプではないかとイチローは感じている。

周囲は“人”ではなく“記録”を見る

「いろんな数字を残した人、偉大な数字を残した人、たくさんいますけど、その人が偉大だとは限らないですね。偉大な人間であるとは限らない。むしろ、反対の方が多いケースがあると僕は、日米で思う」

 イチロー自身、日米通じて先人たちのさまざまな記録を更新したわけだが、それが、その世界に足を踏み入れたときの実感。彼に言わせれば、「数字を残せば、人がそうなってくれるというだけのことですよ」。多くの人は、“人”ではなく、“記録”を見て、その人を判断しようとする――ということだろうか。

 逆に人格者がなかなか記録を残せないのは、身を置く世界の異常性が背景にあるのでは、と考える。

「ちょっと狂気に満ちたところがないと、そういうこと(偉大な記録を残すこと)ができない世界でもあると思うので、人格者であったら、できないということも言えると思う」

 イチローに言わせれば、ヤンキース時代にチームメートだったデレク・ジーター、04年に年間最多安打記録を更新した時にマリナーズの打撃コーチだったポール・モリター現ツインズ監督ら人格者であり、別格。

 彼ら以外では、取材したことはないものの、ジャイアンツで長くプレーしたバリー・ボンズ現マーリンズ打撃コーチに破られるまで、755本の大リーグ通算最多本塁打記録を保持していたハンク・アーロン(元ブレーブスほか)も人格者だったと聞く。対照的に現役時代のボンズは、かなり偏屈で知られた。ローズが破るまで通算最多安打記録を持っていたタイ・カッブ(元タイガースほか)も実は、あまりいい評判はない。野球賭博で大リーグから永久追放されたままのローズしかり。

 レッドソックスなどで活躍し、大リーグ通算3010安打を放ったウェイド・ボッグスなど奇人扱いされ、毎日150球のノックを受け、午後5時17分から打撃練習を始め、午後7時17分にフィールドに飛び出し、試合前には鶏肉を食べる――といった数々のルーティーンは、違った意味でも有名になった。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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