当事者なのにどこか客観的なイチロー 記録達成後の会見で見せた表情

丹羽政善

試合後の会見で記者の質問に答えるイチロー 【田口有史】

 晴れやか、という感じではなかった。戸惑いでもないが、「飲めないのに飲み会につき合わされている感じ」――というのは本人が過去、日米通算2000安打に迫った時の言葉だが、試合後の会見の様子は、その時の状況に近からず、遠からず、といったところではなかったか。

 いや、それはちょっとしたことで、おめでたい席になったに違いない。でもどうしても主役の気持ちが入らず、どちらかといえば静かな飲み会になった。

「ここ(ピート・ローズの最多安打記録)にゴールを設定したことはない。実はそんなに大きなことという感じは全くしていない」とイチロー。「それでも、チームメートだったり、記録のときはいつもそうですけど、ファンの方だったり、ああいう反応してもらえるとすっごくうれしかったですし、まあ、そこですね。それがなかったら、なにもたいしたことないです」

 なぜ、ゴールに設定していないのか。

「日米合せた数字ということで、どうしたってケチがつくことは分かっている」とイチローは話したが、なによりこんな思いがあった。

「今回はピート・ローズが喜んでくれていたら、全然違うんですよ。でも、そうじゃないっていうふうに聞いているので、だから僕も興味がないっていうか……」

ローズについて「そういう人がいた方が面白い」

 先週、ラスベガスでサイン会をしているローズの元を訪れた。

 そこでは従来の主張を繰り返した。

「日本の通算安打を加えるなら、俺のマイナーリーグでの安打数を加えろ」

 ローズの大リーグ記録と日米通算安打記録は全くの別物だ。後者は参考記録にしかすぎない。それでも、ここまでヒットを重ねた。そこをどう思うかと聞いても、「サダハル・オーが、大リーグで記録として認められているか?」とむしろローズのほうが大リーグ記録と日米通算、あるいは日本記録をごっちゃにしているようなところがあった。

 そのときのローズの様子は、身振り手振りを交え、強い口調で、追い返されるのかとひやひやしたが、かといって“もう話すことはない、帰れ!”とは言わない。質問をすれば答えてくれる。頑固オヤジなのか、演じているのか、さっぱり分からなくなった。

 その答えは今も出ないが、「そういう人がいた方が面白いしね。だって、大統領選の予備選見てたって、面白いじゃないですか。そりゃあだって、あの共和党の方がいらっしゃるから盛り上がっているわけで、そういうところありますよ」とイチローは言う。

「それは人間の心理みたいなものですから。それはいいんじゃないですか。じゃないと盛り上がらないし、っていうところもあるでしょ?」

 当事者なのに客観的。ローズの言葉によってこの記録への興味を失ったが、取り立ててローズの発言に反論することもなかった。

 ローズも大リーグ記録は彼のもので変わらないのだから、でんと構えて、祝福のコメントを口にしていればこの記録を通して彼の株が上がったかもしれない。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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