プロ野球地方ゲームの舞台裏――15年連続開催、豊橋市がクリアした課題

週刊ベースボールONLINE

15年連続となるプロ野球公式戦が開催された豊橋市民球場 【写真=BBM】

 プロ球団が本拠地を置かない地方にもファンはたくさんいる。しかし、そうした都市でプロ野球の公式戦を開催するには、一定の基準をクリアした設備を備える野球場が必要となる。そんな地方球場の苦労を47年ぶりの公式戦開催から15年連続で中日戦が行われている豊橋市民球場を例に検証する。

公式戦に求められた3つの条件

2002年のプロ野球開催に合わせて10メートル高くなった豊橋市民球場の照明灯 【写真=BBM】

 中日ドラゴンズのおヒザ元、愛知県豊橋市では2000年代に入るまでプロ野球の公式戦がほとんど開催されてこなかった。最後に市内で公式戦が開催されたのは、1955年7月の中日対大洋戦。以後、中日のオープン戦やウエスタン・リーグが開催されたことはあっても、1軍公式戦にかぎっては何十年にもわたり市民が地元で見る機会はなかった。 

 転機となったのが2001年。東三河のドラゴンズ後援会を中心に、プロ野球の公式戦誘致に動いた。当時の中日・星野仙一監督の理解もあり、47年ぶりの公式戦が02年4月に開催される方向で動き出した。舞台となるのは、豊橋市民球場だ。しかし、開催にあたって球場設備の面でクリアすべき条件が課せられた。

「ナイター照明とラバーフェンス、スコアボードの3点について改修するよう主催球団であるドラゴンズから要請がありました」と当時、市教育委員会教育部スポーツ課で担当だった岡本至弘氏は振り返る。 

 1980年に開場した豊橋市民球場はもともとプロ利用を想定した設計ではなく、ナイターを開催するに十分な光量に届いていなかった。バッテリー間で当時の基準となる2000ルクス以上の照度を確保するために照明を改修した。

「照明の改良と合わせ、6基あるナイターの鉄塔を約10メートル高く伸ばしました。できるだけ真上からグラウンドを照らすことで基準値をクリアしたんです」 

 ナイター設備に続いて、グラウンド内をラバーフェンス化して選手衝突時のクッション性を高めた。旧式の磁器反転式のスコアボードは視認性の問題が指摘された。スタンドの一部から見ると、角度によってスコアボードが照明で反射してしまったのだった。

「当時、松山の坊っちゃんスタジアムも同じようなスコアボードでしたが、あちらはスコアボード自体を下から照明で照らして、問題を解決していた。われわれもその方法を採用し問題を解決しました」

狭さはフェンスの高さでカバー

両翼93メートル、センター115メートルと狭い豊橋市民球場。それを補うべく外野フェンスは3メートルと高くなっている 【写真=BBM】

 野球の公式ルールを定めた『公認野球規則』には「両翼は320フィート(97.534メートル)以上、中堅は400フィート(121.918メートル)以上であることが優先して望まれる。【付記】1958年6月1日以降プロフェッショナル野球のクラブが建造する競技場は、両翼まで最短距離は325フィート(99.058メートル)を必要とする」と競技場の広さを規定しており、セ・リーグの公式戦もこれに準じている。 

 豊橋市民球場は両翼93メートル、中堅115メートル。野球規則に照らし合わせてみてもサイズが小さいわけだが、立地上、グラウンドを広げることができない。そのため1.5メートルあった外野フェンスの高さを3メートルまで上げて対応せざるをえなかった。さらにバックネット裏のスタンド席を従来のベンチシートから個別シートへと変更するなど、01年12月から始まった改修作業は2月までに完了し、待望の公式戦の開催(02年4月16日、中日対阪神戦)にこぎつけた。

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