浦和と柏、「お買い得」なチケットは? コンサル目線で考えるJリーグの真実(3)

宇都宮徹壱

今回のテーマは「チーム人件費総額と勝ち点1あたりの人件費」と「勝ち点1あたりの入場料収入」。引き続き、里崎慎さんにお話を伺う 【宇都宮徹壱】

「Jリーグの現状を数字から読み解く」というコンセプトでスタートした当連載。今回もデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎さんにお話を伺う。前回は「集客」という、われわれJリーグファンには割となじみやすいテーマを取り上げたが、今回はそこから一歩進んで「チーム人件費総額と勝ち点1あたりの人件費」、そして「勝ち点1あたりの入場料収入」といったKPIについて解説していただいた。

 ここで言うKPIとは「重要業績評価指標」のこと。いわゆる、PDCAサイクル(※)のチェックの部分で、プロジェクトが成功だったのか失敗だったのかを判断する際の指標として役立つものである。今回取り上げる「チーム人件費総額と勝ち点1あたりの人件費」と「勝ち点1あたりの入場料収入」は、Jクラブの経営について、デロイト トーマツが独自に編み出した指標である。

 いささか込み入った話に思われるかもしれないが、私自身、今回の連載でようやく「KPIとはなんぞや」を理解することができた超初心者である。ゆえに、できるだけ皆さんに分かりやすく伝わるよう、里崎さんの言葉を引き出すように心掛ける所存だ。今回も最後までお付き合いいただければ幸いである。(取材日:4月21日)

※PDCAサイクル:計画(plan)、実行(do)、評価(check)、改善(act)というサイクルを繰り返すことによって、業務を改善していくマネジメントの手法

なぜ「勝点1あたりチーム人件費」なのか?

――今日のテーマは「チーム人件費総額と勝ち点1あたりのチーム人件費」。これはデロイト トーマツさんが独自に編み出したKPIですが、『J-League Management Cup 2014』によると、J1平均で勝ち点1を得るのに3400万円かかるそうですね。そこでものすごく基本的な質問になりますが、そもそも勝ち点はお金で買えるものなのでしょうか?

※リンク先は外部サイトの場合があります

里崎 この指標を見ると、当然そのような印象を受けますよね。例えば、効率性という面で見れば、勝ち点1を得るのにできるだけ安く(選手を)獲得できていたら、それは効率的であるといえます。でも、確実性という面で見ると、一定のチーム人件費を出せば確実に勝ち点が獲得できるというわけではないため、必ずしも「勝ち点はお金で買える」という話にはなりません。ですから、このKPIについては「唯一絶対な評価基準ではない」ということは、ご留意いただいたほうがいいですね。

――つまりこの「チーム人件費総額と勝ち点1あたりの人件費」のデータは、取り扱いに注意したほうがいい、ということですね?

里崎 そうです。このKPIを作ったときに、内部でも「どう使ったらいいんだろうね」というディスカッションをしました。一番重要なのは、相対的に見たときに自分たちがどの位置にいるのかを知ることだと考えています。「効率的だったから良かったのか」とか「(お金が)かかったからだめなのか」という話とはちょっと違うと思っています。

 通常、クラブの経営をやっていく場合、ほかのクラブの情報が見えないので、自分たちの過去の実績と比較して判断することになりがちだと思います。その意味で「勝ち点1あたりのチーム人件費」という指標は、同じレギュレーションでやっているクラブを相対的に評価することで、クラブの投資にあたる人件費がどのように勝ち点に反映されているのか、ということを考えるツールになるのではないかと考えています。

――なるほど。確認ですが、ここでいう「人件費」というのは。選手はもちろん、監督スタッフ、さらには社員全部ひっくるめての人件費でしょうか?

里崎 いえ、ここでは「チーム人件費」という言い方をしていますので、選手、監督、コーチングスタッフが基本です。競技に直接関わってくる人件費というイメージですね。

――となると、チームドクターや通訳も入っているということですか?

里崎 そこまで公開情報としては精緻に出ていないですけれど、他の情報から逆算すると基本的にそういう分類になっているはずです。逆に社長以下、フロントなどのスタッフの人件費は「販売管理費」の中に位置づけられているはずです。

――ということは、下部組織などのスタッフの人件費も「チーム人件費」には含まれないということでしょうか?

里崎 公開されている費用の内訳は「チーム人件費」があって、それ以外は「試合関連経費」「トップチーム運営経費」「アカデミー運営経費」「女子チーム運営経費」というのがあって、最後に「販売管理費」という形でまとまっています。「チーム人件費」と「販売管理費」以外の勘定科目は名前に「経費」が付いていますので、人件費は含まれません。ここでいう「チーム人件費」は、トップチームの選手の年俸、および監督・コーチの報酬が大半を占めると思われますが、その他競技に関連する下部組織などのスタッフ人件費も含む内容であろう、という前提で分析しています。

なぜ甲府は効率よく勝ち点を得られたのか?

『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

――それでは、具体的なクラブ名を出しながらデータを見ていきましょう。このデータで明暗を分けたのがヴァンフォーレ甲府と徳島ヴォルティス。人件費では甲府が最も少なく(7億5900万円)、徳島はその次です(9億2700万円)。ところが勝ち点1あたりの人件費で見ると、甲府が1900万円で最も金額が低いのに対し、徳島は6600万円という最も高い数値を出しています。なぜ、これほどの開きになったのでしょうか?

里崎 われわれの分析では、中長期的な経営スタンス、腰を据えた取り組みをしていたかどうかではないかと。もちろん徳島がそれをやっていないという話ではなく、甲府が特にそこに力点を置いていたのではないかと考えています。

――そのあたり、もう少し具体的にお話いただけますか?

里崎 われわれはよくFM(フィールド・マネジメント)とBM(ビジネス・マネジメント)を分けて話をするんですけれど、これはFMとBM、両方の側面が影響しているKPIなんですね。人件費はBM、勝ち点はFMの成果指数です。理想は両者がタッグを組んでうまく回していくことだと考えています。フィールドの人たちは「勝ち点を取るのが僕らの仕事です」、一方のビジネスのほうでも「限られた予算の中でうまくやってもらうようにお願いするのが僕らの立場」となりがちなので、両者をつなぐ指標がないと、それぞれの価値基準のみで動いてしまうことになります。本当はこの両輪がバランスよく回っていかないと、サステナブルになっていかないわけですけどね。

――なるほど。FMとBMの対立というのは、ありがちな話ですよね。

里崎 チームを強化するためには軍資金がいるし、軍資金を確保するためにはチームが強いほうがいい。そうやってサイクルが良い方に回らないといけないんですけれど、自分たちは他のクラブに比べて、勝ち点1を得るためにどれくらいのお金をかけているのかが見えにくいのが問題です。そういった話を客観的にするときには、このKPIを活用していただくと便利だと思います。

2014年シーズンの甲府は、財政状態をにらみながらパフォーマンスを最大限に発揮させていくことができる監督と、フィールドマネジメント側の事情を理解して協力できるビジネス側の体制が整っていたといえる 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

――そこで甲府に話を戻しますが、データをとった2014年にチームを率いていたのは、現FC東京監督の城福浩さんでした。城福さんは富士通で社業に専念していた経験のある方ですので、もしかしたらBMのことをきちんと把握しながらFMの仕事をしていたのかもしれませんね。

里崎 それは絶対にあったと思います。選手を獲得する際、監督がどこまで人事権を持っているのかは、もちろんクラブによって当然違うと思うんです。これは城福さん自身がどこかで発信していたことなんですけれど、甲府のように限られた予算の中でやりくりしなければならないクラブの場合、財政状態をにらみながらパフォーマンスを最大限に発揮させていくことを監督―─すなわちFM側が考えなければならないと。そこを理解できている人がFM側にいるのは、クラブにとって大きな強みだと思います。

――逆にBM側にFM側のことをきちんと理解できる人材も必要ですよね?

里崎 もちろんです。チーム強化のためのお金を確保するためには、FM側の事情をよく理解して協力していくことが重要です。特に甲府のような地方クラブの場合、大きな後ろ盾がない中でクラブを回していくには、中長期的なプランが必須です。自分たちが育成した選手をうまく使いながら、あるいはビッグクラブに売りながら、どうやってチーム人件費を確保して強化に反映させていくのか。そのためにはBM的な発想が不可欠だし、FM側の理解がないと機能していかない。この年の甲府は、それがうまくいっていたと思います。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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