「集客」から考える安定したクラブ経営 コンサル目線で考えるJリーグの真実(2)

宇都宮徹壱

日本のスタジアムビジネスを阻む2つのハードル

「集客率はぜひ注目していただきたい指標のひとつ」と里崎さん 【宇都宮徹壱】

――とはいえ、「新しいスタジアムを作ります」とか「施設が古くなったので改修します」というのは、なかなか難しい話ではありますよね。基本的には行政なり、自治体の長なりが積極的にならないと。

里崎 スタジアム建設にせよ改修にせよ、大きな問題が2つあって、それはお金と行政のルールなんですね。改修するにしても、それなりのお金がかかるわけで、誰がそれを出してくれるのか。自治体が出すにしても、吹田のように寄付を募るにしても、それなりに高いハードルであると言わざるを得ない。それに加えて、行政のルールという縛りがある。行政とがっつり交渉できる人材がいるクラブというのも、まだまだ少ないと思います。この2つのハードルが、日本のスタジアムビジネスを阻んでいると言えるでしょうね。

――最近、話題になっているサンフレッチェ広島のスタジアム問題は、まさに行政のルールというか、自治体の長が非常に消極的なことがネックになっているわけですけど。

里崎 そうですね。クラブ側も「(宇品でなく)旧広島市民球場跡地に作りたい」という意思表明をしました。個人的には理解できますね。ずっと行政側が煮え切らない態度でしたし、エディオンスタジアム広島を使い続けることも、クラブにとっては本当に死活問題になっていますから。アクセスが悪い上にキャパが5万人ですから、集客率ではすごく低い数値が出ています。2014年ですと、J1では最下位でした。

――間もなくデロイトトーマツグループからリリースされる『Jリーグ マネジメントカップ』という冊子でも、そうしたデータが網羅されているんですね?(編集部註:4月4日にリリース)

里崎 そうです。公表されているデータに限られますが、できるだけ一箇所に集めてみました。特に集客率については、ぜひ注目していただきたい指標のひとつです。観客数が多いとされている浦和や横浜F・マリノスでも、大きなスタジアムを使っていることもあり、集客率で見ると2桁台の順位なんですよね。日産スタジアムだって、7万人以上入るので3万人入っても集客率だと半分に満たないですから。ものすごく閑散とした雰囲気になってしまって、試合特有の高揚感がなかなか伝わりにくい。それだと、リピーターにもつながりにくく、もったいないですよね。

G大阪の新しいホーム、吹田スタジアム。4万人というキャパは絶妙だという 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――ビジネス観点で言うと、キャパの大きいスタジアムを作ればいいというわけではなく、クラブの身の丈に合ったキャパのスタジアムを埋める努力をした方がいいということですよね。その意味で、G大阪の新スタジアムのキャパが4万人というのは、実に絶妙ですよね。

里崎 本当にそう思いますね。5万でも3万でもなく、4万。あれはちゃんと計算して、あの規模にしていると以前、クラブの方へのインタビューで伺いました。吹田についてはもうひとつ注目すべきことがあって、スタジアムを作るときにイニシャルコストをゼロにして、ランニングコストの部分を何とか採算をとって回していくというモデルなんですね。強力なスポンサーが必要という条件はありますが、そういう形であれば、サステナブルに自分たちのスタジアムを持つことができる、非常に参考になる事例と言えるでしょうね。

「満員のスタジアム」がもたらす効力とは?

――「集客」というテーマについては、もちろん入場者数も大事なんですけど、集客率や客単価もビジネス的にはすごく重要ですよね。資料によると、客単価ではG大阪がトップで、鹿島、セレッソ大阪、浦和と続いています。客単価が上位のクラブは、どういったところでうまくやっているのでしょうか?

里崎 そこはわれわれもきちっと分析をしたいんですけれど、今回は公表データだけを使っているので、そこまで深い分析までたどり着けていないのが実情です。仮説ベースでの分析になってしまうんですけれど、ひとつ考えられるのは、グッズ販売収入できっちり結果を出していることですね。逆にグッズで稼げていないクラブは、どうしても客単価平均が低くなる傾向があります。

『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

『J-League Management Cup 2014』より 【提供:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー】

──チケット収入に関してはどうでしょうか? たとえば集客率が高かったとしても、かつて新潟がそうしていたように、タダ券をばらまいているクラブもあるわけですが。

里崎 招待チケットでスタンドを埋めているクラブは確かに散見されますけれど、あれは一種のカンフル剤みたいなもので、一時的には効果があるんですが、当然、客単価も下がってしまいますから注意が必要です。また、継続的に満員か、それに近いスタジアムの雰囲気を作り出すことこそ、きちんとお金を払って見に来てくれるファンを囲い込むという意味では重要ですし、それが入場料収入、グッズ販売収入、さらには話題性が高まってスポンサー企業の増加にもつながっていくことになると思います。

──お客さんが集まれば、自ずとスポンサー企業も増えるという話は、松本を取材した時にフロントから聞いた話です。あのクラブは地域リーグの時代から、「とにかくアルウィンを満員にすること」を第一の目標に掲げながらやっていましたから。

里崎 あとこれは余談ですが、今はJリーグの放映権は一括管理されていますけれど、放映権の価値を高めるためには、満員のスタジアムという絵面が非常に重要になるんですね。そういった意味でも、勝ち負けにかかわらず、安定的にお客さんを呼べる施策に取り組んでいるクラブというのは、ビジネス的な業績についても安定感があると言えると思います。先に紹介した川崎のケースは、まさにその典型例と言えるでしょうね。

──そこで最後の質問です。「ウチは川崎さんや松本さんとは違うんですよ」というクラブは圧倒的に多いと思うのですが、集客で苦労しているクラブに対して何かアドバイスはありますか?

里崎 クラブ側としては「やりたいのは山々ですけれど、できません」というのが実際でしょうし、われわれコンサルも「こういうふうにやったらいいですよ」と声高らかに言ったところで、温度差はなかなか埋まらないわけです。まずはわれわれが出させていただいた冊子の資料をベンチマークとして、今まで見えにくかった自分たちのポジションを再認識していただいて、クラブの足りていないところや、逆に強みの気づきとして役立てていただければと思います。

<第3回に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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