親からの監督批判をかわす方法は? スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(4)

木村浩嗣

監督に全権が任されているのが、サッカー界のルール

我が子可愛さは応援のパワーの方へ回してほしい。「招集外となったお子さんには、『もっと練習に励め』と激励してください」とお願いしているのだが 【木村浩嗣】

 うちのチームでもこの間こんなことがあった。試合前日の練習が雨で中止となり、連絡用に使っているSNSで試合の招集メンバー12人を発表した。スクール生30人のうち試合でプレーする資格がある者は18人、そのうちベンチ入りを許される者は12人。30人の子を抱える側としては、30人全員を選手登録してやりたい。だが、セビージャ市の規定で、選手登録の上限は18人、ベンチ入りは同12人と決められている。

 つまり、試合の度に6人が必ず招集外となる計算なのだが、間髪入れずにその6人の親のうち2人からメッセージが入った。「なぜうちの子が入ってないんだ?」「先週も外れたのだから、今週はうちの子の番じゃないか!」「うちの子を本当に試合に出す気があるのか!」と。対面では言えないことも、SNSでは気軽に書き込めるようだ。

 こんな時のプロの常套(じょうとう)句、窮地に陥ったレアル・マドリー前監督のラファエル・ベニテスが連発していた「テクニカルな判断だ」という、木で鼻をくくったような答弁をしようかと一瞬、思った。選手登録にしても招集メンバーにしても先発メンバーにしても、監督に全権が任されているのが、プロからアマまで貫くこちらのサッカー界のルールである。

 全権というのは本当の全権で、クラブ会長もスポーツディレクターも監督仲間も決して口を挟めない。例えば、社長も上司も同僚も口を出せない独占的な裁量権がいち社員に与えられることなど会社ではあり得ないが、監督の世界ではそれがルール。その意味では、監督はクラブという組織に属しながら独立した存在で、“チームが社員、監督が社長”と考えた方が実態に近いのかもしれない。

監督は一人ひとりが違って当然

 10年以上の監督経験の中で、親に口を出されたことは無数にあるが、このタブーを犯されたことはたった一度しかない。会長にある選手を「使え」と進言されたのだが拒否し、「選手選びをしたいのなら俺は辞めるから、あんたが監督をしろ!」と付け加えた。監督経験があったりクラブに所属したことがある親は、この暗黙の了解を承知している。だが、今回はそんな筋論は捨てて、優しくしかし断固とした説明をすることにした。

「ローテーションはやりません。ベンチ入りや先発メンバー入りは本人が勝ち取るもので、私が順番にプレゼントするものではありません。だから、連続で招集されようと招集外になろうと関係がありません」

 これに対して「子供のやることなんだからもっと大目に見てはどうか?」と返してきたから、こう答えた。

「練習と違って試合というのはコンペティションであり、競争です。30人の中からあなたたちの子供18人を選んだのは私であり、その時点ですでに競争だったのです。彼ら18人が12人のベンチ入りを争うのに、一定のレベルを要求されるのは当然です。『これは競争であり誰でもプレーできるわけではない』という考え方を貫くのが、選手登録外となった仲間への尊重というものです。彼らが熱心に練習しているのに、練習をきちんとしない子を『順番だから』と試合に出すわけにはいきません」

 そして「あなたの子供は競争力があるから選ばれた。彼が招集メンバー入りすることを私も願っています」と付け加えた。そうしたら返って来たのは「Good!」の絵文字だけだった。子供がやることではある。だが、だからと言って、いい加減にはできない。

 監督仲間には完全にローテーション、順番にまんべんなく試合に出す、という者もいるのだ。「これで親からは文句が出ない」と。もちろん、私が彼の方針に口を出すことはない。「監督は一人ひとりが一つの世界である」とこちらでは言われる。監督は一人ひとりが違って当然であり、その違いは完全に尊重される。世界の創造主は監督、その世界に住んでいるのは子供たち……。親は果たしてどこにいるのだろう?

2/2ページ

著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント