春高を制した東福岡・金子の“人間力” 石川祐希にはなれず、でも特別な存在に

田中夕子

取り組んできたディフェンス力の強化

優勝のため、チームは独自のスタイルでのディフェンス力の強化を徹底してきた 【坂本清】

 金子にとって、キャプテンとしても、エースとしても力を出し切れないままの敗戦。その後の国体は福岡選抜として制したものの、東福岡という単独チームで頂点に立ったわけではない。

 春高で頂点に立つために、チームとして強化すべきことは何か。大村工(長崎)や崇徳(広島)など、同じく全国制覇を狙う学校との練習試合を重ねながら、より重きを置いて取り組んできたのがボールを落とさず、つなぐ力、ディフェンス力の強化だ。

 リベロの正近とセッターの井口、守備型ウイングスパイカーの井上に対して、藤元監督は「ボールを“上げる”のではなく、次の人に“渡す”意識を持て」と繰り返し言い続けた。

 体の一部に当たったボールがまだ床に落ちていないなら、何が何でもそのボールをつなげて、次の人に渡す。1本目、2本目とつながったボールを打つのが攻撃型ウイングスパイカーの金子や古賀の役目であり、その攻撃に対して2枚、3枚とブロックがつくことも想定し、井上の前衛時、Aパス(セッターが動かずにセットできる位置への返球)が返った時以外はブロックに跳ばず、フェイントカバーや、ブロックフォローに入るなど、独自のスタイルでの守備力強化を徹底してきた。

 とはいえ、拾ってつなぐだけでは勝てない。だが、3人の選手が守備の意識を高く持ち、おのおのの役割だと認識してプレーすれば、金子の負担は軽減し、攻撃力を生かすことができる。そして、それが必然的に勝利を引き寄せるためのカギになると信じて取り組んできた結果、決勝で対戦した鎮西(熊本)の畑野久雄監督が「守備力に格段の差があった」と舌を巻くほどの守備力を発揮することとなった。まさに会心の勝利で二度目の日本一という称号を手にしたのだ。

金子は卒業後、JTサンダーズへ

VリーグのJTサンダースへ入団が決まっている金子。JTではセッターとしてプレーすることになる 【坂本清】

 石川と同じく、春高で二度の日本一を経験した金子は卒業後、大学に進学せず越川優や八子大輔といった全日本でも活躍する選手が在籍する、V・プレミアリーグのJTサンダーズへ入団し、今後はセッターとしての挑戦が始まる。

 これまでもチームではスパイカーとしての練習を重ねてきたが、入学時から「将来はセッターで」という設計図のもと、個人練習の時間を使ってセッターの練習も行ってきた。

 実際に全日本ユース代表では、かつて北京五輪にも出場した朝長孝介コーチの指導を仰ぎ、アジア選手権や世界選手権に出場。ユース代表監督の本多洋からは「高い位置でボールを処理するのが、こちらの想像、期待以上に優れていて驚いた」と高評価を受けるも、実戦での経験は数えるほどしかない。むしろゼロからのスタートに近いということは、金子自身が一番よく理解している。

「技術も、考え方も、知識も、セッターとしてはまだまだ全然足りないので、いろいろなことを学んで、吸収して、トップを目指してやっていきたいです。正直、ここまでスパイカーとセッターを両立するのは難しかったけれど、これからはスパイカーとしての経験も生かせるように、いろんな人を見て、立ち居振る舞いから学びます」(金子)

 キャプテンとして迎えた高校最後のシーズンを振り返れば、負けた悔しさや、叱責された日々など、苦しいことばかりが思い浮かぶ。それでも、どん底から最高の瞬間を迎えられたのは、金子の力があってこそ、と藤元監督は言う。

「なぜかこの子がいると、みんながその気になって張り切って頑張れるという、持って生まれた“人間力”があります。最終的に、石川にはなれなかったかもしれないけれど、“金子”という特別な存在になれたんだと思います」

 これからは、セッターとして周りの選手たちをどう生かしていくのだろう。東福岡の連覇で幕を閉じた2016年の春高は、将来への楽しみを予感させる、新たな幕開けとなった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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