サッカーが世界平和に貢献できること 広島の新スタジアム建設問題を考える

江藤高志

クラブW杯会見での広島・森保監督の言葉

クラブW杯3位決定戦後の会見で、広島の森保一監督は新スタジアムと地域貢献について言及した(写真は12月15日の準決勝前日のもの) 【写真:ロイター/アフロ】

 2015年12月20日に行われたクラブワールドカップ(W杯)3位決定戦後の記者会見でのこと。アジア王者の広州恒大(中国)を下したサンフレッチェ広島の森保一監督は席上、「世界3位の事実はクラブの外にどんな影響をもたらすのでしょうか?」との質問を受け、次のように答えた。

「今、広島ではサッカースタジアム建設に向けて機運が高まっているということで、できれば広島市内中心部、旧広島市民球場跡地とか、そういうところにスタジアムができれば。今回のクラブW杯でも大阪でリバープレートと対戦しましたが、その時にリバープレートのサポーターが広島まで観光に行き、原爆ドーム、平和記念公園を訪れて、そこから大阪の試合を見にくる。サッカーは世界につながる。(広島が)結果を出していけば、国際大会にも臨める。世界に向けて広島を発信できる。そういう役割を担えるように、地域貢献しながらやっていければと思っています」

 この森保監督の会見を聞いて、12年の出来事を思い出した。日本で開催されたU−20女子W杯での経験を踏まえ、広島という都市が持つ可能性について、平和都市という視点で考察したことを思い出したのだ。

 サッカーが地域に与えるものの1つとして、経済波及効果がよく俎上(そじょう)に載せられる。「サッカーは面白い」と全ての試合で言い切れない現実がある中、多くの人にサッカーへの公的な支援を正当化させる際によく使われる常とう句だ。だが、どれだけ地域経済に貢献するのかがはっきりと見えないこともあり、隙のある言葉でもある。

 そうした状況がある中、広島は世界でも稀(まれ)な、国際規格の立派なスタジアム建設に公金を使う大義名分を持つ土地の1つだと考える。原子爆弾を落とされた世界に2つしかない被爆地の1つだからだ。本稿では、広島とサッカーについて、「平和」という視点で結び付けられるのではないかと仮説を立てて、論じたいと思う。

平和記念公園を訪れた米国女子代表の選手たち

 話は12年にさかのぼる。この年、日本でFIFA(国際サッカー連盟)主催の国際大会、U−20女子W杯が開催された。9月8日に旧国立競技場(東京)で行われた決勝を戦ったのは、予選グループでD組に入り、広島での2試合を戦った米国とドイツだった。

 決勝に先立ち前日に行われた閉会記者会見で、当時FIFAの会長職にあったゼップ・ブラッター氏が、問わず語りに大会中に印象的だったと、1つのエピソードを口にした。この大会の日本開催の意義として、米国女子代表が平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に献花し、広島平和記念資料館を訪問したことを取り上げたのだ。

 日本と米国はかつて、国力を挙げて戦った過去を持つ。その両国が和解し、70年近い時を経て世界でも稀に見る強固な同盟関係を結んでいるのはご存知の通り。そして若き米国女子代表が、人類の悲しい遺産を訪問した。それを結びつけたのはサッカーだった。

 訪問時の動画は、米国サッカー協会のホームページに加え、Youtubeの協会公式チャンネルにもアップロードされており、今でも見ることができる(※下記リンク参照)。

※リンク先は外部サイトの場合があります

 興味深そうに原爆ドームを眺め、平和記念公園内にある慰霊の千羽鶴に視線を落とし、米国女子代表の銘の入った花輪を慰霊碑に献花。そして、資料館を見学する様子が収められている。この動画内では3選手がインタビューに応えており、それぞれに原爆によって街が破壊された様子に心を痛め、その後の復興に驚き、そこに関わった多くの方々に敬意を表する言葉を残している。

「平和の重要性をあらためて知った」

2012年9月、日本で行われたU−20女子W杯で優勝した米国女子代表は大会中に平和記念公園を訪れた 【Getty Images】

 米国は決勝でドイツを下し、優勝を果たした。試合後の会見に出席した際、米国のスティーブ・スワンソン監督に次のような質問をした。

「広島がこうした世界大会の開催地になることの意義について教えて下さい」

 熟考した指揮官は、難しい質問に次のような回答を残してくれた。

「これはスポーツを超えたところの意義だと思います。私たちは平和公園に参りまして、歴史的にどのようなことがあったのかうかがいましたし、選手だけでなくスタッフ全員、胸がいっぱいになりました。

 W杯を開催する意義としては教育的な意味もあると思います。それはフィールドや試合だけに限られない。取材している国のこと、他の文化を学ぶことができる。そして、国としてどのような課題を抱えているのかも同時に学ぶことができる。今回に関しては、平和の重要性をあらためて知りました。他国について多くを学び、サッカー選手としてだけでなく、人としても大きく成長して帰ることができます」

 過去、広島でも02年のW杯を開催すべく、関係者が尽力した。しかし、巨額に上るスタジアム改修費が足枷となり、開催はかなわなかった。それは、スワンソン監督が言うところの教育機会を喪失したことと同義であり、とても残念なことだ。現在もエディオンスタジアム広島(Eスタ=広島ビッグアーチ)では、広島が国際試合を含めた公式戦を戦っている。しかし、より大きな大会になれば、国際基準に合致しなくなり限界が出てくる。

 広島が持つ、「原爆が投下された都市」という歴史は、広島だけにとどめてはならないと考える。それは日本人のみならず、人類が共有すべき教訓だろう。だからこそ、米国女子代表監督をして「教育的な意味がある」と言わしめた広島に、世界から多くの人々が集まることに意味があると信じている。

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著者プロフィール

1972年、大分県中津市生まれ。工学院大学大学院中退。99年コパ・アメリカ観戦を機にサッカーライターに転身。J2大分を足がかりに2001年から川崎の取材を開始。04年より番記者に。それまでの取材経験を元に15年よりウエブマガジン「川崎フットボールアディクト」を開設し、編集長として取材活動を続けている。

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