サッカーの奥深さを感じさせた決勝 天皇杯漫遊記2015 浦和vs.G大阪

宇都宮徹壱

パトリックの2ゴールと東口の好セーブ

G大阪の守護神・東口が好セーブを連発、浦和の猛攻をしのいだ 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 試合は序盤からアクシデントが続いた。前半6分、浦和のDF槙野智章が右手の指を負傷(治療後、すぐに復帰したが激痛で顔をゆがめていた)。12分にはG大阪のDF米倉恒貴が負傷退場となり、長谷川健太監督は早くも最初の交代カードを切ることになる。井手口陽介をボランチの位置に起用し、今野泰幸が右サイドバックに入って米倉の穴を埋めた。

 そんな中、前半のハイライトを作ったのは、左MFで起用されていたG大阪の宇佐美貴史であった。前半4分、左サイドをドリブルで切れ込んでクロスを供給。パトリックのヘディングシュートはバーを直撃する。24分にも宇佐美がゴール前まで持ち込み、いったん戻して藤春廣輝が折り返したところに、またもパトリックが頭で反応。いずれもゴールこそならなかったものの、ここ2試合で4ゴールを挙げている宇佐美の好調ぶりを象徴するようなシーンであった。

 試合が動いたのは前半32分。カウンターからG大阪のパトリックがドリブルで一気に加速して、西川周作が守る浦和ゴールのニアサイドをぶち抜いて先制ゴールを挙げる。しかしその4分後、浦和は梅崎の右からのクロスに相手DFともつれながら、李がダイビングヘッド。弾道はポストに嫌われるも、すぐさま興梠慎三が反転しながら左足でネットを揺らし同点に追いついた。パトリックの爆発的なスピードと思いきりのよさ、そして興梠の抜群の嗅覚と反射神経。両チームのストライカーがそれぞれの持ち味を発揮し、前半は1−1で終了する。

 G大阪の追加点はセットプレーから。後半8分、右CKからの遠藤保仁のキックに、パトリックがフリーでシュートを放ち、那須大亮の股間を抜くゴールを決める。パトリックには槙野が密着マークしていたが、絶妙のタイミングで剥がされ、追いかけた槙野は今野のマークについていた阿部勇樹の動きに阻まれてしまった。この展開を受けて、浦和は後半12分に梅崎と武藤雄樹を下げ、関根とズラタンを投入。さらに24分には宇賀神友弥に代えて高木俊幸をピッチに送り込み、一気に形勢挽回をはかる。

 その後の浦和は、両サイドからたびたびチャンスを作るものの、G大阪の守護神・東口順昭が再三にわたり好セーブを連発する。後半30分以降は圧倒的な浦和ペースとなり、G大阪は弾き返すのが精いっぱい。それでも後半31分には宇佐美、そして43分にはパトリックを相次いでベンチに下げ(代って内田達也と長沢駿がIN)、長谷川監督はカウンターに徹しながら逃げ切るという決断を下す。

 アディショナルタイムは4分。その後も浦和の猛攻は途切れず、最後は金正也が空振りしたところで、槙野がGKと1対1のチャンスを迎えた。しかし、槙野の至近距離からのシュートをまたしても東口が身をていしてブロック。直後に試合終了のホイッスルが鳴り響き、G大阪が2大会連続5回目の天皇杯優勝を果たした。ちなみに天皇杯での連覇は、09年大会以来のこと。この時の覇者もG大阪であった。

試合を左右した「柏木の不在」と米倉負傷後の対応

2連覇を達成したG大阪の長谷川監督。「うれしいというよりもほっとした」と胸の内を明かした 【宇都宮徹壱】

「私としては、敗戦後のゲームでチームのキーになる選手がいなかったことを言い訳にはしたくない。(柏木)陽介は確かに素晴らしい選手だが、阿部や青木も素晴らしい選手だし、彼らがボールを前に運んだり、縦に(パスを)入れたり、サイドを変えたりしていいプレーをしてくれた」(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)

「今日は柏木がいないということで、サイドがパワーをもって攻撃を仕掛けてきて、危ない場面は何度もありました。柏木がいると、真ん中と外とを非常に自在に使い分けてくるけれど彼がいないと、よりサイドの圧力が高まってくる」(長谷川監督)

 試合後の会見で両チームの監督が言及するように、この日のゲームは「柏木の不在」が色濃く影響を与えていた。もしも柏木が出場していたならば、中盤の底からのパスのバリエーションが増え、より多彩な攻撃が可能となったことだろう。しかし背番号8の不在により、浦和の攻撃はよりサイドに重きを置くようになった。スタメンの梅崎と宇賀神に加え、途中出場の関根と高木、さらには最終ラインの槙野と森脇良太も左右から攻撃参加を繰り返し、何度もチャンスを演出していた。この分厚い両サイドからの攻撃に対し、G大阪はチーム一丸となって耐え忍ぶしかなかった。

 もうひとつ、この日の注目点を挙げるならば、米倉が負傷退場してからのG大阪の対応であろう。まず、ボランチから右サイドバックにスライドした今野。今野といえば、日本代表でも時折サイドバックでプレーしていが、起用は左に限定されていた。長谷川監督も「右は昨年一度やらせていたけれど、あまり良いイメージがなかった」と語っていたが、この日はベテランらしい、冷静でそつのないプレーを披露。また、急きょ出場となった19歳の井手口にしても、今季の出場は8試合(スタメン、フル出場はわずか1試合)ながら、指揮官をして「陽介が今シーズンしっかり成長してくれたことが、この試合の大きなポイントになった」と言わしめる活躍を見せていた。

 シュート数「20:9」という数字からも明らかなように、試合内容そのものは浦和がほとんどの時間を圧倒していた。またタイトルへの渇望についても、この試合に関しては浦和のほうが高かったように感じられた。そうした逆境をG大阪が覆す要因となったのは、チームとしての応用力であり、指揮官の期待に応えた若手の成長であり、そしてほんのわずかな運の差であった。

 浦和にとっては承服し難い結果となったが、終わってみれば2016年の年頭を飾るにふさわしい、サッカーという競技の奥深さを随所に感じさせるゲームであった──そう、個人的には思っている。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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