再び黄金期を築いたバルセロナ 他クラブが倣うべき“成功モデル”

5タイトルを獲得した2015年のバルセロナ

バルセロナは2015年、MSNの活躍もあり、6つのうち5つのタイトルを獲得した 【Getty Images】

 2013−14シーズンが終わった時点では、一時代を築いたバルセロナの成功モデルは衰退しはじめ、ジョゼ・モウリーニョ時代の混乱を乗り越えたレアル・マドリー、ジョセップ・グアルディオラ率いるバイエルン・ミュンヘンを筆頭とする他のチームが頂点の座を奪い取る時期が訪れたと考えられていた。

 それが、14−15シーズンにバルセロナの監督に就任したルイス・エンリケが、これほど短期間のうちに、それも全く異なる形でチームを再編し、再び黄金期を築いてしまうことなど誰が想像できただろうか。

 ボールポゼッションと同じく、ショートパスによる攻撃の組み立ては今も欠かせない要素である。だが、現在のバルセロナは中盤の選手たちが主役だった数年前とは違い、リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールが構成する南米人3トップを最大の強みとするチームに生まれ変わった。

“MSN”の破壊力に支えられた圧倒的な攻撃力をベースに、少しずつ自信を取り戻してきたバルセロナは、キーマンとなった3人の新戦力の加入もあり、15年を通して獲得可能な6タイトルのうち5つを手にすることに成功した。唯一、スペイン・スーパーカップのみアスレティック・ビルバオに譲ったものの、それもテレビ放送など商業面の都合がなければ、戦わずしてリーガ・エスパニョーラと国王杯を共に制したバルセロナの手に渡るべきものだった。

チームとしての機能性を取り戻す

スアレスは今季、自身が限界なきゴール前の“野獣”であることをあらためて証明している 【Getty Images】

 15年の成功を支えた新戦力は、クラウディオ・ブラボ、イバン・ラキティッチ、スアレスの3人だ。ブラボは長年ゴールマウスを守ってきたビクトル・バルデスが13−14シーズン終盤に戦列を離れて以降、失われていた守備の安定をもたらした。ラキティッチは今季に急成長したセルジ・ロベルトとともに、史上最高の司令塔の1人であるシャビ・エルナンデス(現アルサッド/カタール)が抜けた中盤のバランスを取り戻す上で重要な役割を果たした。

 そしてスアレスはFIFA(国際サッカー連盟)に課された長く“ばかげた”出場停止処分(※)を経て、今季は自身が限界なきゴール前の“野獣”であることをあらためて証明している。これまでバルセロナで68試合に出場し、51ゴールを決めた。

 他にもセルヒオ・ブスケッツやハビエル・マスチェラーノがハイレベルなパフォーマンスを保ち続け、アンドレス・イニエスタもトップフォームを取り戻すなど、15年は選手個々が軒並み輝いた1年だったと言える。だがそれ以上に重要なのは、バルセロナが失いはじめたと思われていたチームとしての機能性を徐々に取り戻してきたことだ。

 先述の通り、近年もバルセロナはレアル・マドリーをはじめ豊富な資金力を持つビッグクラブとの競争に強いられる形で、膨大な資金を投じて即戦力を補強してきた。だが、そのほとんどは期待外れの結果に終わっている。ズラタン・イブラヒモビッチ(現パリ・サンジェルマン)もダビド・ビジャ(現ニューヨーク・シティFC)もアレクシス・サンチェス(現アーセナル)も、元々バルセロナ育ちのセスク・ファブレガス(現チェルシー)でさえも、チームを成功に導くキーマンにはなれなかった。

 だが、現在のバルセロナはベースとなる中盤での圧倒的な支配力に加え、MSNの突出した得点力を組み合わせることでさらなる進化を遂げた。今のチームがあるのは1、2人の選手補強に成功したからではなく、明確なフットボール哲学とプレーコンセプトを持ち、選手ではなくボールを走らせるスタイルを実践してきた成果である。同じく強力な3トップ“BBC”(カリム・ベンゼマ、ガレス・ベイル、 クリスティアーノ・ロナウド)を擁するレアル・マドリーが、バルセロナのレベルに至ることができていないのも、単にそれだけでは足りないからだ。

(※)ウルグアイ代表のスアレスは、14年6月24日に行われたワールドカップのイタリア戦でジョルジョ・キエッリーニの肩にかみつき、FIFAから9試合の出場停止処分、4カ月間のサッカー活動の禁止処分、10万スイスフラン(約1100万円)の罰金を科された。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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