リベンジしたい日本と挑戦者シンガポール 「悪夢」を繰り返さないために必要なこと

宇都宮徹壱

シンガポールとの再戦は「リベンジ」

シンガポール・ナショナルスタジアムの入場トンネル。日本代表は確固たる決意をもってここを歩く 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)アジア2次予選、シンガポール対日本を翌日に控えた11月11日、シンガポールは時おり雷を伴った激しい雨に見舞われた。ついさっきまで晴れていたのに、急に天空が雨雲に覆われたかと思うと土砂降り。シンガポールは本格的な雨季に入っていた。とはいえ当地に暮らす人々は、この雨季の到来を心待ちにしていた節がうかがえる。というのも乾季の間、この国は深刻な『ヘイズ』の影響に悩まされていたからだ。ヘイズとは「煙害」のこと。インドネシアで行われる野焼きや森林火災によって、周辺国にも毎年のように深刻な大気汚染がもたらされている。

 今年のヘイズは特に深刻であった。現地の消火作業が失敗に終わった上に乾季が長引いたこともあり、視界がさえぎられるだけでなく、健康被害のリスク回避から学校が休みになることもあったという。ゆえに今回の予選への影響を密かに心配していたのだが、例年よりもやや遅い雨季の到来により懸念は杞憂(きゆう)に終わることとなった。一方で、東南アジア特有の蒸し暑さには注意が必要だが、会場のシンガポール・ナショナルスタジアムは開閉式の屋根を閉じて試合を行うので、選手も観客も豪雨にさらされる心配はなさそうだ。

 さて、この日は両チーム監督による前日会見を取材。最初に登場したのは、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督である。試合に関してポイントとなりそうな発言をピックアップしておく。

「何人かの選手が疲れているので、(明日の出場は)難しいかもしれない。特に欧州組は時差もあるし、睡眠もとれていないし、暑さもあるので何人かは疲労している」──7人を招集したFW陣では、フレッシュな選手が起用される可能性がありそうだ。日曜日にゲームを終えたばかりの香川真司の代わりに、清武弘嗣がトップ下で起用される可能性も考えられる。

「明日の試合に関してはリベンジだ。選手たちに要求するのは、確固たる決意をもってこのリベンジを果たすということだ」──スコアレスドローに終わったホームでのシンガポール戦が、ハリルホジッチ監督にとってトラウマとなっていることは先のコラムでも述べた。指揮官はこのシンガポールとの再戦を「リベンジ」と言い切っているのが印象深い。

「最終予選に向けた、次の準備をしなければならない。相手はより強くなるので、そのための準備だ。強くない相手と対戦するときには、できるだけ多くの点を取る姿勢が大事だ」──来年の最終予選のことを考えるならば、ただ勝てばいいという話ではない。逆に言えば、今予選の日本にようやく「次の準備」を考える余裕が出てきたことに注目したい。

「新しいサプライズ」を熱望するシンガポール

シンガポール代表のシュタンゲ監督。ホームでの日本戦に関して挑戦者としての姿勢を崩さなかった 【宇都宮徹壱】

 続いて会見場に現れたのは、シンガポール代表のベルント・シュタンゲ監督。真っ白な髪と柔和な表情が印象的なドイツ人指揮官は、明日の日本戦が楽しみで仕方がないという様子で、このように語り始めた。

「シンガポールにようこそ! 明日の試合は、ファンにとっても選手にとってもビッグイベントでありパーティー・タイムだ。素晴らしいゲームになることを期待している。東京(実際は埼玉)でのゲームはアクシデントでサプライズを起こすことができた。だが、明日はまったく異なるゲームであり、われわれにとっては新しい挑戦となる」

 ハリルホジッチ監督が繰り返し「リベンジ」と語っていたことについて問われると、「日本にとって明日の試合はリベンジマッチには値しない」とそっけない。「なぜなら、誰もが日本が勝つと思っているからだ。われわれはアウトサイダー。だからこそチャンスはある。われわれは明日、チャレンジすることで新しいサプライズを起こしたいと思っている」と、自分たちはあくまでも挑戦者であることを強調していた。

 両監督の会見を聞き比べてみると、戦力的には依然として日本が優位に立ちながら、心理面ではシンガポールの方にアドバンテージがあるように感じられる。ここまで5試合を消化したシンガポールだが、敗れたのはアウェーのシリア戦のみ(0−1)。現時点では、暫定首位のシリアに2ポイント差の3位につけている。もしもホームでの日本戦を引き分け以上に持ち込めれば、2次予選突破や2019年のアジアカップ出場権獲得も夢物語ではなくなるだろう。そうした野心を胸に秘めながら、彼らは格上の日本に挑んでくるはずだ。

 そんなシンガポール戦のカギとなるのは何か。岡崎慎司は前日練習後のミックスゾーン取材で「ゴールだと思います」ときっぱり答えていた。「早い時間帯のゴールや大事な時間帯でのゴールが、前(のシンガポール戦で)はなかったので、そこをチームとして求めたい」。逆に言えば、相手にこう着した状態を作らせないこと、そして6月16日の埼玉でのネガティブなイメージを引きずらないことが重要だ。あの日以来、5カ月間に渡ってヘイズのように日本代表を覆っていた厚くどんよりとした空気。それを払しょくするには、この敵地でのシンガポール戦に気持よく快勝するしかない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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