拭いきれないスタジアムの問題 J2・J3漫遊記 愛媛FC

宇都宮徹壱

一等地に広がる巨大な空き地

堀之内にある城山公園。かつて市民球場や競馬場があった場所は、今は広大な空き地に 【宇都宮徹壱】

 一方、愛媛に球技専用の新スタジアムを求める人々と話をしていて、必ず耳にするのが「なぜ堀之内が使えないのか」という疑念の声である。堀之内とは、松山城の本丸、二之丸、三之丸を包括する城山公園を含む広大な地域で、市街地のど真ん中にある。

 かつては旧陸軍の精鋭部隊として知られる歩兵第22連隊が置かれ、戦後は米軍に接収されたのち、市営球場や競輪場、さらにはがんセンターや市立城東中学校といった施設が建てられた堀之内。40年前の地図を見ると、市営プールやテニスコートなどもあり、ちょっとしたスポーツ公園の様相を呈している。「50円払ってプールで泳いだり、高校野球の予選を観戦したりするのが楽しみでしたね。市民の憩いの場といえば、まさにあの頃の堀之内でしたよ」と、ある愛媛サポーターは遠い目をしながら往時をしのぶ。

 その堀之内一帯は、今は広大な空き地となっている。03年に市民球場が閉鎖。前後して競輪場やがんセンターや中学校も取り壊された。現在、堀之内に残っているのは、NHK松山放送局、そして県立の美術館や図書館や市民会館のみ。市内の一等地に、広大な空き地ができたまま10年以上の歳月が流れて今に至っている。愛媛サポーターならずとも「ここにサッカー専用スタジアムができたなら」と夢想したくもなるだろう。ところが行政側に、そうした動きは一切ない。

 堀之内が半ば捨て置かれた状態になっているのは、「文化庁や関係機関とも協議を行った結果、地下には、江戸時代の武家屋敷の遺構などの貴重な文化財が残されていることから、新たな大規模施設の建設は困難」(松山市のHPより)ということになっているらしい。ところがこの「定説」に真っ向から異を唱える人物がいる。市議会議員で、JFL時代からの愛媛サポーターでもある向田将央(まさひろ)。向田は今年6月の議会で「なぜ『史跡だから建てられない』という誤った情報を流し、世論を誘導し、堀之内の利用方法をわざわざ限定してしまうような方法を選択したのか」と質問している。当人にその意図を聞いた。

「実はあるルートを使って、国土交通省に確認したんです。そしたら『史跡だからという理由ではない』という回答でした。それなのに今年1月の愛媛新聞に、あたかも『あそこは史跡だから』という言い回しで報じられていたので、それで確認しようと思ったんです」

 議会での市側の答弁は、従来の見解をなぞるものに終始した。それでも向田は、今後も機会を作ってこの件を追求していくという。ただしそれは、愛媛サポーターとしてではなく、あくまでも市民の代表として、である。不可解な理由によって、広大な一等地がほったらかしにされ、さまざまな文化的・商業的なチャンスが浪費されたままになっている。その是非こそ、きちんと精査されるべきではないか。

集客アップに向けたクラブの努力は続いているが

新スタジアムを街中に作るべきか、それともニンスタのままでいいのか。愛媛の葛藤は続く 【宇都宮徹壱】

 現状を考えると、いきなり堀之内に新スタジアムができあがるというのは、およそ現実的であるとは言い難い。では今のニンスタに、何かしらポジティブな要素は見いだせないのだろうか。愛媛での取材を終えたのちも、私はさまざまなデータを取り寄せては検証を試みた。すると気になる数字に目が止まった。

 今年発表された『Jリーグスタジアム観戦者調査2014』の資料の中に、各クラブのスタジアムまでの平均アクセス時間を表したものがある。いずれも前年(13年)との比較になっていて、愛媛の場合は13年が51.9分だったのが、14年には38.8分にまで短縮されている。一方、平均観戦頻度で見ていくと、13年が7.2回だったのが、14年には18.9回にまで増加。いずれも劇的な変化だが、これはクラブによる努力の成果、スタジアム周辺に暮らす観客が増えたことを意味するのだろうか。

「いや、このデータは慎重に見ていく必要がありますね」と語るのは、愛媛FC地域連携課ホームタウン担当課長の小玉桂造である。愛媛では『マッチシティ&マッチタウン』と銘打ち、クラブをサポートしている愛媛県20の市町の中から1つの自治体在住者にホームゲームのチケットを安く販売したり、各自治体の物産展を開いたりしている。小玉によれば「13年の調査を行った日は、四国中央市の『マッチシティ&マッチタウン』だったんですね。香川や徳島の県境あたりから数百人くらい来ていましたから、アクセス時間が長くなったり観戦頻度が少なくなったりするのも当然ですよ」とのこと。むしろ14年のデータの方が実態に近く、その傾向はさほど変わっていないという。

 このマッチシティ&マッチタウンを含めて、クラブ側の集客アップに向けた努力は大いに認められてしかるべきであろう。しかし慢性的なマンパワー不足ゆえに、どうしても自治体からのバックアップは不可欠。冒頭で紹介した『観客数最下位脱出宣言マッチ』にしても、県や松山市の献身的な協力によって実現したと聞いている。一方、サポーターの中には、一見さんの観客に対してコンシェルジュ役を自発的に行っているグループが存在する。目的はもちろん、リピーターを増やすためだ。クラブ、行政、そしてサポーター。それぞれの立場から、それぞれができることを精いっぱいやって、何とか集客アップにつなげようと努力している。それでも、スタジアム周辺の交通事情が改善されるか、あるいは街中に新スタジアムができない限り、平均観客数が劇的に増加するのは難しいと言わざるを得ない。それは、過去9シーズンのデータを見ても明らかだ。

 ニンスタが来るべき国体に向けて改修され、堀之内についても目立った動きが見られない中、愛媛は今後もスタジアムへのアクセスでハンディを抱えたまま活動を続けることだろう。もし変化の可能性があるとすれば、現在四国リーグのFC今治がカテゴリーを上げ、専用スタジアムを建設し、オーナーの岡田武史が提唱する「スポーツによる地方創生」を実現させた時である。堀之内の風景が変わるとしたら、まさにそのタイミングしかないと、個人的には考えている。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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