西口文也が21年間貫いた“スタイル” レジェンドは後輩、ファンに愛された

中島大輔

白星を消した牧田にかけた言葉

独特の踊るようなフォームからキレのあるストレートとスライダーを投げ込み182勝を積み重ねた 【写真は共同】

 埼玉西武の選手会長を務める牧田和久は試合で打たれたとき、思い出す言葉がある。

「落ち込んでいる暇はない。落ち込んでいても、時間は進んで行く。CS(クライマックスシリーズ)を狙える位置にいるんだから、次、次と行かないと」

 サブマリンにそう声をかけたのは、12歳上の西口文也だった。

 2011年、日本通運からドラフト2位で入団した牧田はシーズン序盤から好投を続け、交流戦明けからクローザーに配置転換される。快調にセーブを重ねるなか、初めて先発の白星を消したのが8月21日のロッテ戦だった。8回2失点と好投した西口の後を受けて最終回のマウンドに立つと、2点を奪われて逆転負けを喫している。

 その試合後、先輩右腕にかけられたのが冒頭の言葉だった。

「西口さんは、『こうした方がいい』とはあまり言いません。ただ結果が出ていないとき、一言、二言かけてくれます」

 1995年にデビューして以来、現役引退を決めた今季まで21年間プロで投げてきた西口にとって、最も悔しかったのは中継ぎ登板して先輩の勝ち星を消してしまった試合だという。同じ状況を経験した牧田の気持ちがよく分かるからこそ、声をかけたのかもしれない。その言葉は、牧田が同年の西武を守護神としてCSに導き、投手陣を引っ張る立場の上で財産となった。

“マイペース”で後輩たちに与えた影響

11年、当時ルーキーだった牧田(左)が西口にかけられた言葉を今でも思い出すことがある 【写真は共同】

「首を振らずに打たれて、試合後に『あそこはどうやった』と教えてもらうことがありました。わざと打たれるようなことをしてくれたと思いますね」

 西口との時間をそう振り返ったのが、正捕手の炭谷銀仁朗だ。9月28日、今季本拠地最終戦後に行われた引退セレモニーでラストピッチを受けた炭谷にとって、プロの公式戦で初めてバッテリーを組んだのが西口だった。

 06年3月25日、シーズン開幕を告げるオリックス戦で51年ぶりとなる高卒新人でスタメンマスクをかぶった炭谷は、エースをリードして勝利に導くことはできなかった。しかし、15歳上の右腕とコンビを組んだこの試合こそ、チームの女房役として成長していく上でのスタートラインとなった。

「西さんはオープン戦のころから配球を教えてくれましたね。僕は高校を卒業したばかりで、西さんはベテランなのに話しかけてくれました。1年目は涌井(秀章、現千葉ロッテ)さんと組むことが多かったんですけど、西口さん、松坂(大輔、現福岡ソフトバンク)さんという大きい存在がいて、いろいろ教えてもらいました」

 決して多くを語るわけではない西口だが、西武における影響は計りしれない。
 大卒2年目の96年にリーグ2位の16勝を記録すると、翌年には15勝を飾ってシーズンMVP、最多勝、最高勝率、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、そして沢村賞とタイトルを総なめにしている。96年から7年連続の2桁勝利を果たすなどライオンズのエースとして長らく君臨し、計3度のノーヒットノーラン&完全試合未遂でファンに語り継がれる記録と記憶を残した。

 200勝にこそ届かなかったものの、通算182勝は大投手の軌跡だ。182センチ、75キロの痩身右腕はなぜ、「レジェンド」と言われるような好成績を残すことができたのだろうか。

 その答えは9月22日、引退会見で「21年間貫き通したものは何か」と聞かれた際、短く返した言葉に集約されている気がする。

「ただ単に、マイペースでやってきたことじゃないですか」

 マウンドに立てば、腕をしなやかに思い切り振り続ける。投手として最も大事なことを黙々と繰り返し、キレのあるストレートと宝刀のスライダーを投げ込んだ。その姿が後輩たちに大きな影響を与えたのは、西口の心意気が伝わっていたからだろう。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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