ブラサカ日本代表が築き上げた夢の舞台 パラ出場ならずも、表現した自らの能力

江橋よしのり

「目を使わない」というルールを加えたサッカー

ブラサカ日本代表はアジア選手権で4位に終わり、パラリンピック出場を逃した 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 2016年リオデジャネイロパラリンピック予選を兼ねた、ブラインドサッカーのアジア選手権が9月2〜7日、東京・国立代々木競技場フットサルコートで行われた。

 大会は、初日から5日目まで6チーム総当たりのリーグ戦があり、最終日にはリーグ戦1位と2位による決勝戦、同じく3位と4位による3位決定戦、そして5位決定戦が行われた。パラリンピック出場権は、上位2チームに与えられる。つまり初日から5日間の総当たり戦で、上位2位までに入ることがリオデジャネイロ行きの条件だ。初のパラリンピック出場を目指した日本代表は、5日目までの勝ち点で中国、イランを下回り、その切符をつかむことができなかった。

 このコラムでは、今大会における日本代表の戦いぶりを振り返る。が、執筆にあたり、筆者である私が過去、この競技をとんでもなく誤解していたことを正直に白状したい。ブラインドサッカー、すなわち両目とも失明している人がやるサッカーと初めて聞いた時、私はスイカ割りのようなものを想像してしまっていた。選手がそろりそろりとボールに近づき、蹴って、転がるボールにまた別の選手がそろりそろりと近寄っていくような姿をイメージしていたのだ。しかし11年、震災復興支援チャリティーイベントの場で披露された試合を見た瞬間、その思い込みは私の頭から吹き飛ばされた。彼らはピッチを前後左右に疾走し、文字どおりブラインドタッチで巧みにボールを操り、相手守備陣の隙間をするするとドリブルで駈け抜けていった。その光景を目にし、私は彼らに対して「できない」と勝手に決めつけていたことを、心の底から懺悔(ざんげ)した。彼らは「目を使わない」というルールを加えたサッカーを、誰よりもうまくプレーする卓越したアスリートだ。

神の降臨を待ちながら

 ボールも見えない、ゴールも見えない状態で、「目を使える」GKから得点をもぎとる。そんなゴールの瞬間がこの競技の醍醐味(だいごみ)だ。選手たちが日頃から鍛え上げてきた運動能力、技術、判断力の結晶であるゴールシーンも、見ている私たちにしてみればまるで神業だ。試合中、観戦者には静寂が求められる。ブラインドサッカーの選手にとって、金属球が入ったボールの音や、仲間の声、相手の声や足音などはプレーするための重要な手がかりなので、観客は彼らの判断材料である音を妨げてはならない。と同時に決定的なチャンスの場面で誰一人叫び声をあげない様相は、ピッチを神秘的な場所に変える。観客は願いを託した選手に神が宿る瞬間を、まるで祈るように固唾(かたず)をのんで待っているのだ。

回転するダイヤモンド

初戦の中国戦で敗れたことが結果的に最後まで大きく響いてしまった 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 日本代表の初戦の相手は、アジア選手権4連覇中の中国だ。続く2戦目には過去未勝利(4敗2分け)のイランが控えている。日本代表の魚住稿監督は、この両国から勝ち点2以上(勝利が勝ち点3、引き分けは勝ち点1、負けはゼロ)を挙げることが、予選突破のポイントになると話していた。2試合連続引き分けでも、勝ち点2は手に入る。2試合のうち1つでも勝てれば目標を上回る。予選突破に照準を当てたチームは、徹底的に守備の組織を鍛え上げてきた。

 日本代表の守備はGKを除く4人のフィールドプレーヤーがひし形に並び、その陣形を細かく修正できる組織力が特徴だ。相手が中央ではなく左右から回り込むように攻めてくれば、サイドにいる選手が頂点となるようにひし形を回転させて素早く陣形を作り替える。この回転するひし形の陣形を、魚住監督は「世界で一番美しいダイヤモンド」と称し、中国、イランに対する防御に自信を深めていた。

 果たして日本のダイヤモンドは大会6試合を通じてわずか1失点と、その硬度を存分に発揮した。しかし、わずかな隙を突かれて中国に奪われた1点がチームに重くのしかかる(0−1で敗戦)。得点を挙げた相手選手のマークについていた黒田智成は、「相手の体に触ることはできていた。そこで相手を押しすぎるとファウルを取られる危険があったので、ノーファウルで守ろうと思った。けれど相手は半身の姿勢のまま、つま先でシュートを打ってきた。一瞬のわずかな甘さを突かれてしまった」と、失点シーンを悔しそうに振り返る。中国のシュートは黒田の言うとおり、つま先でゴールの枠をとらえるスーパーゴールだった。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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