10年ぶりに訪れたテヘランの地 日本代表イラン遠征取材日記(9月6日)

宇都宮徹壱

アフガニスタン戦をイランで開催

10年ぶりに訪れたテヘランの地。日本から見れば「異世界」だが、慣れてしまえば居心地は悪くない 【宇都宮徹壱】

 トランジットのドーハ国際空港から、およそ2時間半のフライトでテヘランのエマーム・ホメイニー国際空港に到着。早朝のフライトだったので機内でうつらうつらしていると、「そういえば10年前のアザディでね……」とか「福西(崇史)のゴールが救いだったよね」というような日本語の雑談が聞こえてくる。間違いない。9月8日にテヘランで行われる、アフガニスタンとのワールドカップ(W杯)アジア2次予選を現地観戦する日本サポーターたちだ。

 まだ2次予選であること、そして相手が日本よりもランクが下であることも相まって、今回の現地取材を見送るジャーナリストが目立つ中、それでもテヘランまで応援に駆けつけるファンやサポーターが一定数存在することに密やかな安堵(あんど)を覚える。このところ代表関連で明るいニュースがないことを思えば、実にありがたい話ではないか。やがて飛行機が無事に滑走路に着陸すると、機内の女性客は一斉に『ヒジャブ』と呼ばれるスカーフで髪を隠し始めた。「ああ、イランにやってきたんだなあ」と強く実感する光景である。

 日本が2次予選の3戦目に対戦するアフガニスタンは、今なお現地の政情が不安定とされているため、彼らのホームゲームは隣国イランの首都テヘランで開催されることになった。アフガニスタンという国は、かつてはアケメネス朝やササン朝のペルシャ帝国の版図に組み込まれた時代があり、現地の言語であるパシュトー語やダリー語はイラン語派に属するという。おそらく文化的にも言語的にも、イランとはそれなりの親和性があるのだろう。そう考えるなら、アフガニスタンのホームゲームの代替地にテヘランが選ばれたのも、大いに理にかなった話である。

 イランを訪れたのは、2005年にテヘランのアザディ・スタジアムで行われたW杯アジア最終予選以来だから、実に10年ぶりのことである。ジーコ監督に率いられた当時の日本代表は、福西のゴールで一時は同点に追いついたものの、バヒド・ハシェミアンの2ゴールにより1−2で屈している。この予選で初の敗戦を喫したことは、確かに悔しかった。だがそれ以上に印象的だったのが、11万人もの観客がスタジアムに押し寄せ(混乱で死者も出た)、しかも現地の観客のほぼ全員が男性という異様なシチュエーションである(イランでは宗教的な理由から、男性がいるスタジアムに女性は入れない)。そのアザディで行われる今回のアフガニスタン戦は、果たしてどんな雰囲気の中で行われるのだろうか。

メトロに乗って日本代表の練習場へ

この日の練習では主に攻撃面のトレーニングに時間が割かれたようだ 【宇都宮徹壱】

 この日の日本代表の練習は、テヘラン市内にある小さなスタジアムで17時から行われることになっていた。同じホテルに投宿している同業者とともに、メトロに乗って目的地に向かう。これまでさまざまな国の地下鉄に乗車してきたが、中東の地下鉄というのは初めてだ。駅構内は意外と明るく、壁面に描かれたイスラム様式の意匠を眺めるのも楽しい。宗教的な理由と痴漢防止の観点から(イランでもけっこう多いらしい)、女性専用車もあるにはあるのだが、一般車両で男性と談笑している女性も見かける。靴下やボールペンを売る行商が、時おり大声を張り上げながら行き来する以外は、ヨーロッパの地下鉄の風景とさほど変わることはない。熱心にスマートフォンをいじっている若者たちの姿は、むしろ日本とまったく同じと言って良いだろう。

 この日の日本代表のトレーニングは、冒頭15分のみの公開。以下、練習を終えた選手たちのコメントを紹介する。中東は今回が初めてという米倉恒貴は「湿気が少なくて、そんなにきついという感じはないけれど、ちょっと乾燥し過ぎている感じですね。練習内容ですか? 細かいことは言えませんけれど、引いた相手にどうやって攻めるか、というところですね」。先のカンボジア戦で致命的なシュートミスを連発した香川真司は、その反省を踏まえて「ボールを受ける回数を増やしたいし、運動量を豊富にやっていきたい。待っているんじゃなくて、自分から入っていくように意識したい」と神妙な表情で語っていた。一方「今日は良い練習ができた」という長友佑都は、「特に攻撃の部分、クロスの精度やパスの精度という部分を練習しました。この間の修正点や課題についてのミーティングやトレーニングはできているので、一つ一つ成長していくことが大事」と話している。

 選手のコメントを総合すると、この日の練習では攻撃面に時間が割かれたようだ。特に、自陣に引いた相手を想定して、クロスを供給する選手、それを受ける選手、それぞれの修正点を確認しながら精度を高めるトレーニングを繰り返したと思われる。平均標高1200メートルという環境の変化については、空気が乾燥していることが気になるものの、順応に苦しんでいる選手は見当たらない。体調を崩したという選手もいないので、少なくともコンディション調整で日本が苦しむことはなさそうだ。私自身、久々のテヘランということで当初は緊張した面持ちで現地入りしたのだが、メトロや場末の食堂を利用しているうちに当地の環境には慣れてしまった。イランという国は、日本から見れば確かに「異世界」かもしれないが、慣れてしまえば居心地は悪くない。この国の特殊性と意外な親和性については、日をあらためて言及することとしたい。

<翌日につづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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