ありがたさすら感じた本田へのブーイング 格下チームの引き立て役となったミラン

中田徹

寒々しい雰囲気のサンシーロ

ミラン対ジェノアの観客席は閑古鳥が泣いており、寒々しい雰囲気が漂っていた 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 サンシーロの目の前にあった、オランダ語がしゃべれる店員のいた中華料理屋は消えてなくなっていたが、新しくできた地下鉄5号線のおかげでアクセスは抜群に良くなっていた。徒歩1分のところにあるオープンしたばかりのホテルは、ミランファンの宿泊客で賑わっていた。バルセロナのカンプノウほどではないけれど、キックオフ2時間半前のサンシーロ周辺は、この夜の試合を待ちきれないサッカー好きの観光客が多くいた。ここまでの雰囲気は、さすが世界を代表するクラブだ。

 しかし、試合が始まる20分前にスタジアムの中へ入ってみると、観客席は閑古鳥が泣いていた。これがイングランドだったらキックオフ5分ほど前に一気に埋まるのだろうが、ミラン対ジェノアの試合にはその気配がない。3階席はアウェーサポーターにしか解放されず、2階席のゴール裏に集まるミランのウルトラス(熱狂的なサポーター)たちも、最前の数列に固まっているだけだった。

 この日の公式入場者数は2万5916人。サンシーロの収容人員は8万人だから、3割ほど埋まっている計算だが、体感は1万人いるかどうかだ。ジェノア戦はチケット販売が6412枚、シーズンチケットが1万9504枚だから、後者が観客数のかさを増す役目を果たしているらしい。水曜日の夜開催、相手がジェノアということを割り引いても、サンシーロはミランの凋落を感じさせる、寒々しい雰囲気が漂っていた。

ジェノアの勢いに感服

アグレッシブな守備で相手に隙を与えないジェノアに対し、1−3の完敗に終わったミラン 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 実際に試合を観ると、サンシーロから客の足が遠のくのも納得の内容だった。ジェノアの勢いばかりが目に付き、消極的なミランの横パスにうんざりするブーイングが場内に響いた。試合は1−3でミランの完敗。ディエゴ・ロペスのセーブがなければ、もっと点差がついてもおかしくなかった。

 テレビで見ているミランの試合は、作り込まれた対戦相手に感服することが多かった。今季前半戦のエンポリや、ミランに敗れたがキエーボはそういうチームだった。今回のジェノアも、見に来て良かったと思えるほどの好チームだった。守備はアグレッシブで、ボールホルダーにしっかり付いていく。すると普通は裏にスペースが生まれるはずだが、サイドハーフとセントラルMFの4人が連動して3バックをサポートし、相手に隙を与えない。ボールを奪った後の攻撃の迫力もあり、3人目の動きがエキストラなアイデアを作っている。この日、先発した本田圭佑も、自分が対峙する選手を必死に追いかけに行き、その背後から痛烈なシュートを放たれていた。

 ジェノアの質の高さに、パズルを解くような心地良い頭の痛みを楽しみ、ミランの不出来に二日酔いのように不快な頭の痛みが襲ってきた。

明らかに下がったミランの価値

54分に本田がベンチへ下がると、観客席からは強烈なブーイングが発せられた 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 アヤックスのチームマネージャーを長く務めたオランダ人イタリアサッカーフリークのダビッド・エントは、「サンプドリアとジェノアのダービーは歴史ある、ダービー中のダービーだ」と言う。しかし、タイトルの数やスター選手の輩出、世界中の憧れといったのれんの価値ではミランの方がはるかに上だったはず。今更ながら、明らかにミランの価値は下がり、格下チームの引き立て役になっている。そんな姿はもう見たくないと思う地元ミラノのファンは、サンシーロに来るのをやめてしまった。

 54分、ベンチに下げられた本田に対する強烈なブーイングは、大事なクレームだ。平日の夜の凡庸(ぼんよう)な試合にサンシーロまで足を運ばなくなったファンは、もはやもう、ミランの体たらくに声を上げることすらしなくなってしまったのである。

 客商売にとって、顧客から無視されるほど怖いものはない。八つ当たりの側面もなきにしもあらずだが、この強烈な不満のブーイングに対し、僕はありがたさすら感じていた。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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