カテゴリーの垣根を超えたサポーター=天皇杯漫遊記 3回戦 奈良クラブ対磐田

宇都宮徹壱

いつもと違う今年の天皇杯

2回戦で仙台相手にジャイアントキリングを達成(2−1)した奈良。今季の目標は関西リーグ優勝とJFL昇格だ 【宇都宮徹壱】

「天皇杯ですか? 昔、優勝した覚えがありますけど(笑)、今年は(決勝が)元日でないし、あと国立ではないんですよね。そのへんはちょっと残念ですけど、天皇杯という大会であることに変わりはないしトーナメントなので、1戦1戦、しっかり戦っていきたいと思います」

 2002年の第82回大会で、京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)の一員として優勝経験のあるジュビロ磐田の松井大輔は、奈良クラブとの3回戦を前にそう語っていた。10年にわたる欧州での転戦を終えて、久々に臨む天皇杯。しかし94回目を迎える今大会の決勝は、元日・国立ではなく、12月13日に日産スタジアムで行われる。

 日程の変更については来年1月にAFCアジアカップ(オーストラリア)があるためで、会場の変更については国立競技場が改修工事に入ったためだ。結果、いつもは9月初旬に始まる天皇杯は開催期間そのものが前倒しとなり、1回戦は7月5日と6日(1試合のみ26日)、2回戦は7月12日と13日(1試合のみ8月6日)に行われた。毎年、私はこの1・2回戦をとても楽しみにしていたのだが、ちょうどワールドカップ(W杯)取材中だったので、断念せざるを得なかった。もちろんブラジルではいい経験をさせてもらったが、2回戦で奈良クラブがベガルタ仙台に2−1で逆転勝ちしたり、ソニー仙台が鹿島アントラーズにPK戦の末に勝利したり、といったニュースが目に入るたびに、私は決勝の地・リオデジャネイロでじだんだを踏んだものである。

 そんなわけで、今年の天皇杯漫遊記は3回戦からのスタートとなる。取材するカードは、ヤマハスタジアムで8月20日に行われる、奈良クラブvs.ジュビロ磐田と決めていた。奈良は、「昇格請負人」岡山一成が昨シーズンから加入したことで知られているが、カテゴリーは関西リーグ1部。トップリーグから数えると5部のクラブである。対する磐田は今季はJ2所属ながら、かつては人気、知名度、そして実力で一世を風靡(ふうび)し、歴代の日本代表を輩出したことでつとに有名だ。現在も松井の他に、前田遼一、駒野友一、そしてブラジルW杯メンバーにも選出された伊野波雅彦と、日本代表経験者をずらりとそろえる。今季のJ2では、戦力的に最も恵まれたチームと言ってよいだろう。かたや地域リーグのマイナークラブ、かたやJ1復帰を目指す名門クラブ。いかにも天皇杯らしいカードではないか!

磐田サポと奈良サポを結ぶもの

奈良のサポーターに挨拶する「昇格請負人」岡山一成。この日は残念ながら出番はなかった 【宇都宮徹壱】

 この日の入場者数は2,666人。平日夜の天皇杯とはいえ、バックスタンドに空席が目立つのはやはり寂しい。それでも磐田のゴール裏は、それなりににぎやかだ。一方、奈良のサポーターは50人くらいはいるだろうか。これに下部組織所属の子供たちと保護者が加わり、ピッチ上の選手たちを鼓舞する声援を送っている。

 実はこの日の昼、私は浜松で有名な某ハンバーグチェーン店にて、磐田サポーターと奈良サポーターの3人で食事をする機会を得た。磐田サポーターの鈴木稔唯さんは、私より少し年上で、かれこれ20年以上も応援を続けている大御所サポーター。一方、奈良サポーターの福森正也さんは26歳の若者である。カテゴリーも世代も異なる2人をつなげるもの、それは日本代表だ。鈴木さんも福森さんも、これまで代表の海外遠征に何度も駆けつけており、今回のW杯も現地で声援を送り続けてきた。2人とも日本代表のゴール裏界隈では有名人で、これまで何度も海外のスタジアムで顔を合わせているが、対戦相手として顔を合わせるのは今回が初めてだという。これもまた、天皇杯ならではのエピソードだ。

 まずは奈良サポの福森さんに、今日のゲームプランについて語ってもらおう。

「ウチはもともと堅守速攻のチームだし、相手が磐田さんということで、やはり守りから入る形になるでしょうね。理想的な展開としては、前半を0−0で終えることができれば、後半はしっかり走り勝ってチャンスを作ることもできると思います。とにかく走ることに関しては、かなりトレーニングを積んでいますから自信はあります。相手が格上だからといって、選手も特に気負いはないと思います」

 そんな奈良に対して、磐田はどう戦うのか。鈴木さんに語ってもらった。

「今日は3バックで行くでしょうね。いつもは4バックなんですが、実は先日のカターレ富山戦(3−2)も当初は3バックにしようとしていたみたいです。申し訳ないけれど、今日は下のカテゴリーの相手ということで、3バックのテストという位置づけだと思います。メンバーですが、チンガと坪内(秀介)の登録が間に合わなかったので、ベンチ外。それと日曜日に(湘南)ベルマーレとの上位対決がありますので、メンバーはかなり変えてくると思います」

 カテゴリーが異なるゆえに、本来ならばなかなか実現しない顔合わせ。戦力差があるのは当然として、それでもお互いに「いい試合にしたい」という想いは一致している。「鈴木さんは、岡山以外はウチの選手を知らないと思いますけど、試合後に『あの選手、いいね!』と言ってもらえるように頑張ります」と福森さん。ぜひ、そんな試合展開を期待したいところだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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