若手の台頭が著しいスイスの育成事情 “名伯楽”が示す決勝Tへの確かな道筋

中野吉之伴

08年ユーロを契機に強化プロジェクトがスタート

メーメディ(右)やジャカ(左)など若手の台頭が著しいスイス。08年から推し進めてきた育成の強化が実を結びつつある 【写真:Action Images/アフロ】

 スペインやイングランドといったワールドカップ(W杯)常連国が本調子を出せないまま帰国便の予約をしなければならず、日本も2戦終了時でまだ未勝利と苦しい状況に追い込まれている。そんな中、グループEではスイスが秩序立った守備からの組織立ったプレスとスピード感のある思い切りの良い攻撃で注目を集めている。世代交代はどの国でも重要な難しいポイントだが、若手の台頭が著しいスイスでは名伯楽オットマー・ヒッツフェルト監督の手腕もあり、ジェルダン・シャキリ、グラニト・ジャカ、アドミル・メーメディ、リカルド・ロドリゲスら若手選手と、ギョクハン・インレル、バロン・ベーラミ、シュテファン・リヒトシュタイナー、ディエゴ・ベナーリオらベテラン組が程よくミックスしたバランスの良いチーム作りができている。

 それにしてもなぜ最近のスイスに好タレントが多く出現しているのかご存じだろうか。そもそもスイスはW杯でベスト16入りを果たした1994年米国大会を除き、70年から2002年まで9大会中8大会で予選敗退、ヨーロッパでは中堅国の一つでしかなかった。総人口は787万人と少なく、総面積4万1290平方キロメートルのうち水面積率はわずかに3.7%の狭さ。周りの強国と比べ、サッカー協会のサポートもお世辞にも十分だったわけではなかった。

 そんなスイスの転換期になったのがオーストリアとの共同開催となった08年のユーロ(欧州選手権)。「母国開催で下手な姿は見せられない」「スポーツ的にも経済的にも大きなチャンス」と気合を入れたスイスサッカー協会(ASF)は大規模な強化プロジェクトをスタートさせる。代表チームへのサポートを第一としながら、「スイスサッカーの将来は代表チームにだけ依存するわけではない。現在のスイスサッカーは工事中の状態」とスイスサッカー全体の発展へ向けてユース育成の充実・底辺層に至るまでの幅広い活動へ積極的に関与するようになった。

アカデミーの設置とサッカーの分析・研究

 育成ではもともと定評があった。年代別大会には常連として名前を連ねており、09年にはU−17W杯で優勝も果たしている。育成層強化の一環としてASFは93年に初めての育成アカデミーを作り、現在では全部で4か所に増設(うち1か所は女子アカデミー)。アカデミーとしてチームを持つのではなく、周辺のベスト選手を集め、週に5回サッカー協会専任指導者のもとでトレーニング、週に1回は所属クラブで練習し、試合には所属クラブの選手として出場する。ハイレベルな環境でトレーニングを積み、そこで鍛えられた選手が戦い合うことで、試合のレベルを高く保つことができるこのやり方には興味深いものがある。

 サッカーはさまざまな分野で研究・分析が進んでいる。技術・戦術・フィジカル・メンタル・インテリジェンスが、トップレベルでも対応・順応できるだけのベースを身につけなければならない。例えばフィジカル面であればスピードと持久力のバランスを重視している。世界のサッカーはますますスピードが要求され、ダッシュの頻度が上がっているが、一つの答えがあるわけではない。統計学では4秒ごとに異なるアクションが求められると、さまざまなダッシュの繰り返しをいろいろなトレーニングメニューの中で行い、選手自身が持っている素質とサッカーに求められる要素の間で理想的なバランスを見つけようとしている。

縦・横で結び合う強固なネットワーク

 また育成と同時にグラスルーツのサッカー環境を変えることも必要だった。スイスもサッカー離れの問題を抱えている。グローバル化の影響で子どもたちにはサッカー以外の選択肢が増えた。学校の勉強も忙しく、自由時間は限られている。それでもサッカーを選んでくれる子ども達に対して、サッカークラブはそれに応えられるだけのものを提供することができていたのだろうかと自問した。彼らの思いに答えられるように、サッカー協会はプロクラブと協力し底辺層の環境改善・指導者育成を充実させようと取り組んでいる。

 例えば、FCバーゼルは地元の有力クラブであるコンコルディア・バーゼルとパートナーシップ契約を結んでいる。自前のアカデミーですべてのタレントある選手を保有できるわけではなく、すべての選手が順調に成長するわけではない。伸び悩んだ子どもを受け入れてくれるクラブも必要だった。またジャスト・フットボールアカデミーというサッカースクールとも提携。ここはテクニック・コーディネーションといった選手の個人レベルを挙げるスクールとして有名で、そのノウハウをコンコルディアとも共有させている。一度コンコルディアに“落ちて”きた選手がこうしたサポートでまたバーゼルや他のプロクラブの門をたたく例も少なくないという。さまざまな取り組みが少しずつ実を結び、各クラブが縦・横で結び合うネットワークが密に構築され、スイスには将来に向けてのしっかりとした土台ができ上がってきたのだ。

1/2ページ

著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント