YAJINスタジアムに見る鳥取の逡巡=J2漫遊記2013 ガイナーレ鳥取

宇都宮徹壱

米子のYAJINスタジアムへ

米子市にあるYAJINスタジアム。入り口にはネーミングの由来となった岡野雅行の写真が飾られてある 【宇都宮徹壱】

 ガイナーレ鳥取のGK小針清允にインタビューした翌日の朝、鳥取駅発の特急まつかぜで米子に向かう(およそ1時間弱の移動だが普通列車だと1時間40分かかる)。鳥取県は大きく東部、中部、西部地区に分かれていて、東部の鳥取市は政治の中心、西部の米子市は商業の中心とされている。なるほど確かに、乗客の服装を見ると、これから商談に向かうようなスーツ姿の男女が多い。とはいえ、列車は特急といいながら、わずか2両編成。しかも車窓から見えるのは、山と田んぼと古い民家というのどかな風景が続いている。

 これまで鳥取には何度も取材で訪れているが、実は米子を訪れるのは今回が初めて。その第一印象は、鳥取と比べて街の雰囲気が開放的であることだ。かつて東部は因幡(いなば)の国、西部は伯耆(ほうき)の国と呼ばれていて、中国地方最高峰の大山(だいせん)に隔てられた「異国」であった。駅前でつかまえたタクシーの運転手によれば「鳥取市が雪でも、こっちはお天気ということは、よくありますね」とのこと。文化も違う、言葉も違う、天候も違う。この2つの地域の間で、ガイナーレ鳥取はその設立以来から揺れ動いてきた。その象徴と言えるのが、これから訪れるYAJINスタジアムである。

「米子にいらっしゃるんですか? だったらぜひ、YAJINスタジアムを見ておいてください。あれは、みなさんのお金を集めて作られたスタジアムですから。確かに規模的には厳しいですが、我慢すれば何とかなる。あそこでJの試合をすれば、おそらく5000人は行くでしょうね。米子を含めた西部の人間にとっては、あそこでガイナーレの試合が見られるのは夢なんですよ」

 ヴィッセル神戸戦のハーフタイム、電話口でそのように語っていたのは米子市在住の森田尾山である。日展入選16回を誇る69歳の書家は、一方で鳥取の大ファンで「強小元年」以降のクラブのスローガンの揮毫(きごう)をボランティアで提供してきた。森田によれば、米子の人間が鳥取で試合を見るのは「一日仕事」で、これがナイトゲームとなると「午前様になる」という。それだけにYAJINスタジアムの建設は、「米子でガイナーレを見たい」という人々にとって、まさに夢の実現への第一歩であった。

 スタジアムに到着して、まず驚いたのが立派なクラブ事務所が併設されていたことだ。聞けば、もともとこの地にあったゴルフ場施設を、そのまま流用したのだという。スタジアムも、柔らかい土壌を掘り込んでスタンドを建設することで、建設費を極力浮かすようにした。行政に頼らず、個人と企業のスポンサーを募り、およそ4億円で7400人収容のスタジアムを建設したのだから驚きである。普通の工程で作ったら、少なくともその10倍はかかったはず。金がなければ知恵を使う、いかにも鳥取らしいエピソードである。

無用の長物となっているのか?

鳥取の塚野真樹社長。YAJINスタジアム建設の理由について「西部のスポンサーのことも考えた」と語る 【宇都宮徹壱】

 昨年12月にオープンしたYAJINスタジアムは、「行政に頼らないクラブ所有のスタジアム」として一部で脚光を浴びたものの、その評価はいささか微妙なものとなっている。というのも、Jリーグから「基準を満たしていない」として、今季のホームゲーム3試合の開催を認められなかったからだ。「中途半端なものを作ってしまった」という批判について、このプロジェクトを推し進めた社長の塚野真樹は「想定内だった」と語る。

「今の状態で基準を満たしていないことは、最初から分かっていました。観客席やバックヤード、そして夜間照明、いずれも問題があることは承知しています。ただ、このスタジアムは将来的には拡充していく予定ですので、いずれJ基準を満たすということを踏まえて、やらせていただけませんか、という話をさせていただきました」

 塚野によれば、第2期工事に向けた資金調達はこれからだという。「ここまで民間主導でやっているので、県の応援は得られる可能性はあるかもしれない」と、希望的な観測も持っているようだ。それにしてもなぜ、東部にとりぎんバードスタジアムという立派な施設があるのに、あえて西部の米子に新たなスタジアムを作る決断をしたのだろうか。塚野は「やっぱり、お金の話ですよね」とストレートに語る。

「うちのスポンサー収入はおよそ2億円ですが、そのうち7割は西部地区の企業さんなんですね。ご存じのように米子は商業の街です。でも鳥取市だけの開催だと、スポンサーさんを振り向かせるのは難しい。もちろん、それでも応援してくださるスポンサーさんも多いですが、現状では東部地区のみでの開催はクラブを経営する上で厳しいのも事実です。集客に関しても、とりスタの30キロ圏周辺の人口は22万人しかいない。これはJクラブ最下位です(次は鹿島の23万人)。でもYAJINの場合、30キロ圏内は60万人くらいいます。米子だけでなく、境港、大山、そして(島根県の)松江や出雲からも集客を見込むことができますから」

 ロジックとしては理解できる。とはいえ、ここ米子でJリーグの試合ができるのは、まだまだ先だろう。では、このYAJINスタジアムがまったくの無用の長物となってしまっているのかというと、決してそうではないようだ。再び、塚野。

「Jリーグの試合が開催できなくても、育成をここでやりたいんです。鳥取のユースはプリンスリーグから落ちてしまいましたが、ジュニアユースは中国地方でもかなりいい線を行っています。ここからトップチームを目指す選手がどんどん出てきてほしいし、そうなればYAJINスタジアムに若い選手を見に行こうという環境も整っていくと思います」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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